エンターテインメント

宮野真生子、磯野真穂『急に具合が悪くなる』

星野概念「精神医学で診る本の診断室」

No. 936(2021.04.01発行)
猫になりたい

宮野にしか紡げない言葉を記し、それが世界にどう届いたかを見届けるまで、絶対に死ぬんじゃねーぞ! がんの転移を経験しながら生き抜いた哲学者・宮野真生子と、臨床現場の調査を重ねた人類学者・磯野真穂が交わした20通の往復書簡。晶文社/1,760円。

主治医・星野概念 診断結果:病、出会い、悩みも……。私たちが生きる人生は、偶然に満ちている。

 誰しも色々な出会いがあります。僕で言えば、例えば外来の初診は新たな出会いです。でも、見方を変えれば、待合室にいる人の中で僕が出会う人はほんの一部。その人たちは隣の診察室に呼ばれる可能性もあった「にもかかわらず」、たまたまこちらに割り振られて僕は出会えるのです。出会う皆さんには何かしらお悩みがありますが、ふと、なぜこの人がこのお悩みを抱えるに至ったのかと思うことがあります。受診に来る人だけでなく、もちろん僕にも悩みがあって、我々の悩みのほとんどは、それぞれが抱える必然性がはっきりしない「にもかかわらず」、たまたま抱えることになったものです。本作は、がんになることも、ならないこともあり得た「にもかかわらず」、がんになった、偶然性を扱う哲学者の宮野さんと、医療や不確実性を扱う医療人類学者の磯野さんとの往復書簡です。印象的な場面の一つは、がんが転移し、モルヒネを使い、急に具合が悪くなることの現実感が濃くなる宮野さんに、「二人が見たいと思う未来を見届けるまで絶対に死ぬんじゃねーぞ」と書く磯野さん。それに「うん、わかった」と約束する宮野さん。こんないくつもの単純ではないやりとりに内在する考えや気持ちの動き、得られた気づきについて、毎回それぞれの専門知を引用しつつ伝え、響き合い、お互い一人だけでは到達しなかったであろう考えや体感に出会うさまは圧巻です。病の残酷さ、医療での意思決定の話など、思うことは多くありましたが、たまたまの出会いから1年満たないうちに、お互いの人生で不可欠な存在同士になるという、強烈なたまたまへの羨ましさを強く覚えました。

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ほしの・がいねん

精神科医など。著書『ないようである、かもしれない〜発酵ラブな精神科医の妄言』が発売。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS936号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は936号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.936
猫になりたい(2021.04.01発行)

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