エンターテインメント

大前粟生『おもろい以外いらんねん』

星野概念「精神医学で診る本の診断室」

No. 935(2021.03.15発行)
始まりの服。

滝場は人を楽しませるのと同じ口で、ほとんど暴力みたいにクラスメイトや先生をいじっていた。嫌な顔をする人がいた。でも笑いが起きてうれしかった。お笑いコンビを組んだ2人と芸人にならなかった僕、3人組の10年の青春と葛藤。河出書房新社/1,540円。

主治医・星野概念 診断結果:面白さを追求し、カラッポになったあいつを“笑い”は救うのか。

 僕は小学生の頃、体形のことでいじられていましたが、それがむしろ嬉しかった気がします。嘲笑に近い評価を受ける負担以上に、他人の注目が集まることが自分の存在感を実感させたのかもしれません。でも、流行りのお笑い番組の学園コントで、あるキャラがいじられ、笑われるのを観て、笑えず、思わず泣いたのも覚えています。今思えば、日々いじられることは実は結構負担だったのでしょう。本作の登場人物の一人は、周囲の人をいじり倒すことで注目を集めてきました。多少苦言を呈する人がいても、多くの人に注目されるのは中毒性があり、人が人前で言われたら嫌なことを敢えて言うという暴力的なことを繰り返して、やがて芸人になります。多分本人も心からそれを主体的に繰り返したというより、違和感があったとしても周りが喜ぶから気づかず、しみついてしまったやり方だったのだと思います。小学生の時の僕と立場は逆ですが、周りの注目に左右され自分の価値観を見失ったという点で、実は共通しています。いじる、いじられる、という極端な立場に焦点が当たりやすいのが芸人さんの世界。人と違うことを人前で指摘され笑われたり、そのいじり方で笑いをとったりするのが多分まだまだ伝統です。そこには蔑視される方とする方双方の、言葉にできない重さが内在している気がします。本作ではそれを緻密に問います。どれかの立場に偏って、対立する立場の批判だけすることを避け、作者自身も多分悩み傷つきながら丁寧に書かれた作品です。スパッと解決しないことを考え続けることが大切。それを痛感しました。みんなで読んで、語り合いたいです。

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ほしの・がいねん

精神科医など。著書『ないようである、かもしれない~発酵ラブな精神科医の妄言』が発売。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS935号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は935号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.935
始まりの服。(2021.03.15発行)

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