なるべく不健全な時間に、なるべく雑に焼いて。「ウィンナー丼」

児玉雨子「〆飯」

No. 935(2021.03.15発行)
始まりの服。
見た目どおり、ごはんをよそったお椀に焼いたウィンナーを乗せて塩・胡椒・ケチャップをかけたもの。今回は多めのサラダ油で軽く揚げ焼きのようにした。

 この連載ではわたしが〆切前日ないし当日に作ったC級ごはんを紹介してゆくのだが、その材料は庶民的なものの中でも上等なものをあえて雑に扱うことでより輝く、という持論がある。例えば、プライベートブランドのウィンナーではなく〈シャウエッセン〉を選ぶこと。そしてそれを強火で乱暴に焼くこと。爆ぜても逃げ出さず、コンロの前で仁王立ちをやめないこと。

 前回、キャベツのソース炒めを食べ過ぎてソースの香りが苦手になった時期があると書いたあと、ウィンナーでも同じことがあったと思い出した。

 お弁当に必ず入って(入れて)いたから、というよくある理由だけど、何せわたしのお弁当歴はとんでもなく長い。幼稚園から高校の15年間、給食を一度も経験したことがないお弁当っ子だった。高等部にはかろうじて簡易的な売店はあったものの、学食はなかった。しかも売店の軽食やコンビニで買ったものが続けば、クラスメイトから「きっとあの子の死体は添加物で腐らない」「お弁当作ってもらえないんだ」と指をさされかねない。そんな環境なので、基本的には毎朝弁当をこさえていた。片道1時間かけて通学していたので、朝の時間もなく、やはりウィンナーと玉子焼きと冷凍食品が頼みの綱になる。冷えて脂の固まった臭くて安いウィンナーを、周囲へのくだらない見栄のためだけに咀嚼して飲み込む毎日だった。稀に、給食にいい思い出がない人からお弁当生活に憧れられるけれど、お弁当はお弁当で苦いエピソードが生まれてしまう。

 付属大学への内部進学を蹴って他の大学に入り、ウィンナーのない学食および外食生活に全力ではっちゃけた。カレーに定食、うどん、そば。大学近くのパン屋さんに喫茶店。安いチェーンだろうと、他人が作った商品をいくら食べても誰からも詮索されない。気楽でたまらない。決して多くはないけれど、新しくできた友人や同期とも気が合って、暗澹たる10代の頃から比べものにならないほど自由でかろやかな日々だった。

 キャンパスライフにも慣れた2年生のある日、仲良くなった他専攻の友人の家に泊まった。彼女が夜食として作ってくれたのがこのウィンナー丼だ。当時、これを出されたときは匂いに気持ち悪くすらなった。それでもひとの家にお邪魔しているうえに夜食を振る舞ってもらったんだし……と渋々食べ始める。気づけばお椀が空っぽ。焼きたてのウィンナーは、皮がパリッとしていて肉汁が滴ってくるものだった。ほとんどのウィンナーのCMが数十年も前から再三そう宣伝してきたのに、成人してやっとそれを知った。言葉の抜け殻だった商品コピーが途端に意味を持って、お腹にずっしりきた。そして何より「てきとーてきとー」とか「こんな時間に太る~」とか笑いながら、日中に食べることの多いウィンナーを深夜に齧る友達ができたうれしさで胃がもたれそうだった。そういえば彼女、転勤から戻ってきたけど、ご時世柄会えていないなぁ。

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こだま・あめこ

1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。ハロー!プロジェクトや私立恵比寿中学などアイドルグループを中心に数々のアニメやゲームソングに歌詞を提供している。

文・写真/
児玉雨子
編集/
辛島いづみ

本記事は雑誌BRUTUS935号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は935号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.935
始まりの服。(2021.03.15発行)

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