エンターテインメント

EMI『僕が僕であるためのパラダイムシフト』

星野概念「精神医学で診る本の診断室」

No. 934(2021.03.01発行)
なにしろラジオ好きなもので③

「ホメられなかった。足りなかったんだな。ぼくは知ってるエライ人の名前を書けるだけ書いた」。20年苦しんだうつ病を克服した「僕」の軌跡。幼少期の体験から発症、アドラー心理学や認知行動療法との出会い、克服までをマンガで描く。KADOKAWA/1,000円。

主治医・星野概念 診断結果:うつや不眠に苦しむ人の“心の辛さ”って、どういうものなんだろう?

 人間は社会的な生き物なので、「○○したい」と思っていても社会的にそうできない状況があり、それが多いほど楽しくありません。さらに、「○○したい」は本当の気持ちなのか、という問題が実はあります。育つ過程で、学校や親が喜ぶから我慢して○○するなど、自分を誤魔化す選択は、大小さまざまにあります。子供は立場や力が弱く、叱られたくないという行動原理が強いはずなので、自然に自分を押し殺す場面は思いのほか多いです。ただ、我慢や気遣いが続きすぎると、「○○したい」が、自分が心から求めることなのか、親や社会が求めていることなのかわからなくなる恐れがあります。親や社会が求めるから○○する、という選択ばかり続けざるを得ないと、本当はこうしたいのに……という、自分の中の小さな声は聞こえなくなり、我慢の自覚もなくなるのです。すると、自分を含めた誰も、辛いと訴えたい自分の味方をしてあげられなくなります。本作では、何年もそんな渦中にいる人が、少しずつの出会いを育てて、本当の自分の声に出会う過程が描かれます。人の状況はそれぞれ違うので、すべての人が本作のように、どうにかでも楽な状況に辿り着けるわけではないでしょう。出てくる治療や理論も絶対的ではありません。でも、辛い人にどこかしら共鳴する物語と、マンガならではの、辛さの感覚的な描写は、心の理解の一助にはなるはずです。これは、辛い人やその周りの人にとって、実はなかなか出会えない大切な体験だと思います。僕はこの作品を、うつ状態に長く苦しんでいた友人から教わりました。盲信せず、じっくり読めたらいいと思います。

エンターテインメントカテゴリの記事をもっと読む

ほしの・がいねん

精神科医など。著書『ないようである、かもしれない〜発酵ラブな精神科医の妄言』が発売。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS934号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は934号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.934
なにしろラジオ好きなもので③(2021.03.01発行)

関連記事