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姫乃たま × ひらりさ|芥川賞小説『推し、燃ゆ』を元アイドルとオタクが語る。

BRUTUSCOPE

No. 933(2021.02.15発行)
アイドルマスター
『推し、燃ゆ』宇佐見りん/著|アイドル・上野真幸を推すことに心血を注ぐ高校生・あかり。学校や家族、バイト先で ぎくしゃくする中、グッズを買い集め、彼の情報を集めてはSNSやブログで”解釈”する日々。インターネット上では心を開き、賢い人のように振る舞っていた。ある日突然、推しがファンを殴りネットで炎上したことで、彼女の日常が次第に揺らいでいく。河出書房新社/1,400円。

既存のコミュニティから逸脱した人生と、その示唆とは?

アイドルを推すことに生きる情熱のすべてを注ぐ高校生・あかりの人生は、“推し”が事件を起こしたことで少しずつ日々が揺らいでいく  。アイドルとファンの関係性を描いた小説『推し、燃ゆ』は、なぜこれだけ高い評価を得ているのか。アイドル文化に精通する、元地下アイドルの姫乃たまとオタク女性ユニット〈劇団雌猫〉メンバーのひらりさに本作の魅力を紐解いてもらった。

ひらりさ
『推し、燃ゆ』を読んだ周囲の人に感想を聞いたところ、「私の推しが炎上するのを考えたくないので辛かった」という声がちらほらありました。その人の推し愛が伝わってくる感想ではあったんですが、この本は、推しへの愛が深いオタクほど、“自分事”として読んでしまい、本質が見えない部分もあるかもなと思いました。
姫乃たま
タイトルの“推し”という言葉に惑わされがちですが、本の中では姉や母との確執が描かれていて、家族モノの要素も強い小説ですよね。推しに人生を救われている主人公が、アイドル、家族やバイト先など生活の拠りどころとなる依存先をどう作って、どう向き合うのか苦難の物語でもあります。
ひらりさ
実はそうなんですよね。推しがいる、いないにかかわらず「何かを拠りどころにしたことのある人」だったら、響くものがある小説ではないかと思います。この小説を読んで「推しに依存するなよ」と言われているように感じて、苛立った人もいるかもしれないけれど、この小説は推すこと自体を悪いこととは言っていない。そこでしか生きていけないあかりに寄り添いつつ、アイドルが炎上し、生きる芯がなくなったその先が描かれていました。
姫乃
まさに、あかりは本の中で推しを“背骨”と表現してましたよね(写真/文中10行目)。私は破壊と再生の小説だと読みました。炎上した推しと同時に破壊された彼女が、ラストで再生に向かっていく描写が特に素晴らしくて。
ひらりさ
わかります! 私は、あかりと家族のやりとりが胸にきました。日常生活はうまくいかない彼女が、推し活動に命を燃やす姿は、姉からすれば、自分の生き方を否定されているようにも思う。受験勉強中の姉があかりに向かって「あたしは寝る間も惜しんで勉強してるのに、あんたは推しばっかり追いかけてて、勉強も頑張ってるなんて言わないで」というセリフを言うシーンはしんどくて……。
姫乃
うう……あの家族での居場所のなさは辛いですよね。
ひらりさ
模範的な社会生活を送りたい姉と、生きる場所がアイドルにしかないあかり、姉妹の対比が丁寧に書かれていましたが、どちらも「拠りどころ」を求めているということは変わらない。生活も、推し活も「現実」だから、本来、両者に優劣はつけられないはずなんです。
姫乃
姉妹は家族の中で拠りどころを確保しようとしていましたよね。だんだん姉は母親の顔色を窺うようになり、あかりは家族から追放される形になってしまい。
ひらりさ
あかりは家族の中で居場所を作ろうとしていた時期もあったと思うんです。姉が一生懸命あかりに英語の勉強を教えてくれることに応えようと英単語を暗記する姿はまさにそう。でも、自分なりの努力を、姉から「努力ではない」と否定されて、何もできなくなってしまう……。
姫乃
家族から諦められて、高校も中退、バイトもクビに。コミュニティから外され続けていた彼女にとってアイドルが受け皿になるのもわかります。

「居心地のいい自分」を疑う。

ひらりさ
最近は、松田青子さんの『持続可能な魂の利用』や朝井リョウさんの『武道館』など、アイドルが題材になった小説は色々ありますが、『推し、燃ゆ』が特徴的なのは「ネットとリアルがシームレスな世界観で生きる人」を描いた物語でもあること。あかりの日常生活は、ブログを通じて推しの作品について解釈し、同志と交流する合間に行われる。でもどんなに地続きに見えても、画面越しの相手にはほかの現実がある。作中、推しも人間だから一方的に理解できないことに彼女は気がつきます。
姫乃
推しが引退して、一般人になる時ですよね。
ひらりさ
はい、永遠だと思っていた推しが引退して我に返る。彼女もインターネット上では、誰よりも推しを理解する賢い女性を演じてきたのだと。それは「自分にとって居心地のいい自分」だったかもしれないけど、ずっと続けられるわけではないですよね。
姫乃
その感覚、めちゃくちゃわかります。「推しがいると自分の人生も輝く」って本当にその通りなんですけど、それが健全な場合もあれば、自分の人生の主人公を預けてしまうような熱心な応援は、面白すぎて危険でもありますね。
ひらりさ
推しが炎上したら、「私の人生も終わりだ……」みたいな。
姫乃
そうなっちゃう。私も16歳から地下アイドルを始めて、そのような応援を間近で見てきました。身近な関係性の地下アイドルにも、何かすごい理想を持って信仰するように推す人がたまにいるんです。でも、そういう応援ってファンの方の人生が逆に空っぽになってしまう気がして。私も生涯を懸けて地下アイドルをやろうと思っていたし、応援に全力で応えてファンの人生を支えたいと思っていたけれど、アイドルも人間なので何があるかわかりません。だから、最終的には私が地下アイドルを卒業するのが健全かもしれないと思いました。
ひらりさ
表の姿に対して強固な信仰心を持つことで、推しを追い詰めてしまう可能性もありますよね。
姫乃
信仰心が強い人は直接会話していても、現実の私ではなくて彼らの理想の私を推している印象を受けました。だから、私はファンが集まれるコミュニティを一度「解体」することでファンの人たちにも自分の人生を生きてほしいと思いました。『推し、燃ゆ』はまさにコミュニティが破壊されて、個人が再生していくさまが書かれていたので共感できました。
ひらりさ
あかりの人生に、姫乃さん自身のアイドル活動を重ねた、と。
姫乃
だから私はこの小説を、コミュニティの破壊と再生の物語だと読みました。地下アイドルというのは、本質的にはファンが応援し続けてくれるためのコミュニティを作る仕事なんですね。ファンがオタ芸を覚えたり、生誕祭を企画したり。それに、地下アイドルって本当に普通の女の子なので、パフォーマンスだけでは成り立ちません。応援されて初めて地下アイドルになれるので、コミュニティ作りは活動の大前提なんです。
ひらりさ
ファンに返さなきゃ、みたいな気持ちがありましたか?
姫乃
常にありました。加えて、ファンに対して平等であることが大前提なので、すごく難しかったです。一人一人のファンを見て、足し算引き算しながら平等な関係性を作っていく行為は、今振り返ると自己犠牲的な部分もあったと思います。大体のファンからしたらそこまで求めていないんですけど……。一方で、自分自身の金銭面を切り詰めてアイドルにすべてを捧げることで「浄化される」という方もたまにいるので、推される側も推す側も、似た者同士、共依存の関係だなと感じることはありました。
ひらりさ
「推す」という言葉が出回り始めてから、自己犠牲的な要素が増えたように思いますね。「唯一神」みたいに、信仰心が増したと感じます。
姫乃
ファン側も、何かを背負っているような感じが強まったかもしれませんね。

推すことをもっと身近に。

ひらりさ
最近思うのは、実際の人間関係でも、あかりのように「推し」てはいけないのだろうか? ということ。推される人─推す人という関係性が、アイドル文化の中だけでなく社会でもっと浸透しても面白いのではと思うんです。誰かに能動的な感情を抱いた時に、「成就するのが善」という旧来的な思想にみんな苦しめられてないかなと。でも、好きだからといって相互関係が生まれる必要はないはず。恋人も家族もいないけど、会社の中で推しの先輩とちょっと話せるだけで毎日楽しい、とかそういうのでいい。
姫乃
身近な推しの存在っていいですね。あかりも「(推しと)関係性が平等じゃなくてもいい」と言ったように、別に見返りが欲しいわけではなくて、ただただ愛を伝えたい状態はあります。
ひらりさ
実際の恋愛とか、家族はわずらわしい部分もあるので、「関係してない関係」っていいですよね。同じ土俵に上がらず、一方的に愛でるという。長くオタクの世界にいたから、こういう思想になったのかもしれない(笑)。
姫乃
宇佐見りんさんがインタビューで、「読まれるだけで、読者と交流している感じがして救われる」とお話しされていて。その感じは今っぽくていいなと思いました。
ひらりさ
ぜひ、オタクもオタクじゃない人にも読んでもらいたいです。
姫乃
そうですね。コミュニティや依存先の在り方って、多くの人が直面するテーマなので広く楽しまれると思います。

『推し、燃ゆ』の副読本。

『コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』
エティエンヌ・ウィンガーほか/著

「『推し、燃ゆ』は家族やアイドル現場などのコミュニティをテーマにした小説だと解釈したうえで、副読本にしたい一冊です。コミュニティは何かを”実践”しなければ成立しないし、実践こそがコミュニティの本質だという内容。ビジネス書なので主に経営について書かれていますが、地下アイドルのファンコミュニティも成り立ちは同じなんです」(姫乃)。翔泳社/2,800円。

『完全教祖マニュアル』
架神恭介、辰巳一世/著

「教祖の成立要件を”1.なにか言う人がいて、2.それを信じる人がひとりでもいたときに”と記していて、これはアイドルと推しの成り立ちにも近いなと思いました。教祖やアイドルにおいて、第一に必要なのは、お金でも人脈でも美しさでもなく、たった一人の”自分を肯定してくれる存在”なのだと。この本の中には、現代のアイドルの名前は一つも出てこないのに、いろいろなアイドルの顔を思い浮かべながら読みました」(ひらりさ)。ちくま新書/820円。

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姫乃たま
ひめの・たま/ライター。16歳より地下アイドル活動をスタートし2019年卒業。著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新書)、『地下アイドルの法律相談』
(日本加除出版)など。

ひらりさ
ライター、編集者。オタク女性ユニット〈劇団雌猫〉所属。編著書に『だから私はメイクする』(柏書房)など。著書に『一生推したい私たち、ゆる健康はじめてみた』(主婦の友社)。

photo/
Kaori Oouchi
text/
Yoko Hasada

本記事は雑誌BRUTUS933号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は933号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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