ライフスタイル

詩と建築の掛け合わせから、居住空間における暮らしの姿勢を再発見する。

BRUTUSCOPE

No. 933(2021.02.15発行)
アイドルマスター

それは、予想もしなかった愛の物語に。

 建築家たちが手がけた住宅と、そこに訪れた文芸家たちが紡ぐ言葉。その両者を掛け合わせ、空間の本質を浮かび上がらせる企画展『謳う建築』が現在、天王洲アイルのミュージアム〈WHAT〉で開催中だ。自身の作品に新たな言葉のイメージが加えられた建築家たちは、何を感じたのか? 建築家の伊藤寛に話を聞いた。

 川崎の郊外、竹林の中にぽっかりと浮かび上がる黒い八角形の〈黒水晶の家〉は、2004年に自邸兼アトリエとして伊藤によって建てられた。この住宅をモチーフに詩を描いたのは、詩集『ゼロになるからだ』などで知られる覚和歌子。“寝ころんで見た星空が綺麗で ああ今日からここに住むんだわって思った”。そんな書き出しで展開する詩は、ここに暮らす家族の営みに焦点が当てられている。出来上がった詩を読んだ伊藤は、「とにかく驚いた」と話す。

「僕自身がこの家について語る時、中心になるのは器として空間をどう作ったかですが、覚さんはその器の中の“愛”を切り取って表現されていて。家を見る視点として、新鮮でした」

 詩の中には、“小さな息子は手すりの間を落ちたけど”や、“娘は部屋に友達を呼べないってすねたけど”など、空間に仕切りがないこの家ならではの具体的なエピソードが盛り込まれている。「この家で暮らす確かな身体感覚を感じながらも、全く見ず知らずのエピソードのようにも感じる。不思議な経験ですね」

繰り返しの中に、新鮮さを。

 伊藤にとってはとにかく新鮮だった覚の表現だが、それと同時に、住宅の価値を考えるうえでは、大いなる共感も得たという。

「家って日々、食事や睡眠など同じことを繰り返す場所ですよね。僕は住宅を考える時、繰り返しの中でどう新鮮な意識を持たせられるかを大切にしています。覚さんの詩は、日常の話をしていたかと思えば最終的には天体にまで視点が突き抜けていく。詩の中に込められた広がりには、住宅がどうあるべきかを考えてきた自分自身も、とても共感しましたね」

 建築と文芸。異なる分野を繋いで実現した本展を伊藤はこう語る。

「芸術や文学と同様に、建築も本来人の心を豊かにできるもの。今回の試みは、文化としての建築を育むうえで重要な展覧会だと感じました」

『黒水晶の家』
高台の傾斜地に建てられた伊藤寛の事務所兼住宅。1階が事務所、2階と3階が住居。住居空間は完全な仕切りを設けず、どこにいても家族の気配が感じられる。また地形に合わせて設計された八角形の輪郭の内側に設置されたバルコニーからは、部屋の中に外の光が差し込み、一日の経過を感じられる心地よい空間を作っている。

詩人が見た『塔の家』は、家族を守る一本の木だった。

 一方で、建築をモチーフに詩を作った詩人たちは何を考えたのだろう? 建築家・東孝光の昭和を代表する住宅建築〈塔の家〉と向かい合い、『樹海の家』という新作を書き下ろした詩人の暁方ミセイにも話を聞いた。

「足を踏み入れた瞬間“この家は一本の樹木だ!”と思ったんです。なぜそう思ったのかすぐにはわかりませんでしたが、気が済むまで空間を歩き回るうちに、ここは“家族を守る木”なんだという具体的な画が見えてきました」

 東京・青山の約6坪の敷地に立つ〈塔の家〉。その全体を繋ぐ吹き抜けは暁方に強い印象を与えたという。

「中心に一本の風の柱が通っているように感じたんです。外の冷たい風ではなく、家族の気配がする心地よい風。人と人のゆるやかな繋がりの風です」

 こうしてできた暁方の詩に漂うのは、自然体で有機的な家族の姿。“わたしたちはわたしたちのまま”という自己肯定的な表現も内包されている。

「姿が見えなくてもどこかで音や気配がしていて、だから別の階でそれぞれの時間を(人生を)過ごしていても大丈夫。それって強烈な“ありのまま”であることの肯定だと思います。世の中がそうなればという願いも込めて制作しました」

 今回の展示に参加したことでの発見について、暁方はこう続ける。

「今まではただ非日常を楽しむために訪れていた建築ですが、詩を作ることでその場所が細部まで自分に染み込み、体験したと感じることに気づきました。これからも続けたいです」

photo by Kenji Seo

『謳う建築』

〜5月30日、WHAT 展示室1F(東京都品川区東品川2−6−10)で開催中。11時〜19時(最終入場18時)。月曜休館。一般1,200円、大学生・専門学生700円、中学・高校生500円、小学生以下無料。すべて税込み。詳細はHPにて。

what.warehouseofart.org/exhibitions_events/utaukenchiku/

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伊藤
いとう・ひろし/1956年長野県生まれ。建築家。大学卒業後、小宮山昭+アトリエRなどを経て早稲田大学大学院修士課程を修了。その後ミラノ工科大学へ留学し、マルコ・ザヌーソーの指導を受ける。88年に伊藤寛アトリエ設立。

暁方ミセイ

あけがた・みせい/1988年神奈川県生まれ。詩人。2010年に第48回現代詩手帖賞、11年に発表の第1詩集『ウイルスちゃん』で第17回中原中也賞受賞。

photo/
Yuya Wada
text/
Konomi Sasaki

本記事は雑誌BRUTUS933号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は933号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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