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美術史家のロジャー・マクドナルドと現代魔女の円香が、壁画からVRまで古今東西の瞑想を語る。

BRUTUSCOPE

No. 932(2021.02.01発行)
音楽と酒。
瞑想と一口に言っても、その方法は様々。ぶらぶら散歩するもよし、踊るもよし、あぐらをかいて目をつぶるのも、もちろんOK。

マインドフルネスだけに回収されない、“瞑想”の奥深さに迫る。

「瞑想」は、洞窟に壁画を描いていた時代の名もなき人類に始まり、ポール・セザンヌ、ウィリアム・バロウズ、イギー・ポップに至るまで多くの人々が実践してきた。近年はビジネス界の流行であるマインドフルネスと同一視されがちだが、その世界はもっと多様かつ幅広い。そこで瞑想を実践している美術史家のロジャー・マクドナルドさんと、現代魔女の円香さんに話を伺った。すると、身近だけど底が知れない、瞑想の奥深さが見えてきた!

ロジャー・マクドナルド
瞑想についてより広く捉え直せば、その奥深さが理解されると思います。例えば、マインドフルネスというものがありますよね。“意識を今、この瞬間に集中させる”という意味で、これをテーマにした本もよく出ています。そのせいか、日本では「瞑想=マインドフルネス」だと捉えている人が多いのですが、これは瞑想の一部にすぎません。もちろん海外のビジネスマンたちがこぞって取り入れているのは瞑想の魅力や効用を広く知ってもらうということでプラスではあるのですが。
円香
静かに座って「心を無にする」ものだと思われがちですね。しかし、歌ったり、散歩したり、料理やダンスも“意識を変える”という意味では瞑想です。
ロジャー
私の研究で言うと、アート作品をじっくり観察することもれっきとした瞑想。あまり知られていませんが、ポール・セザンヌやパブロ・ピカソも作品を作る過程で、対象を徹底的に観察するという“瞑想”を行っていました。
円香
現実をありのままに観察すること、そして意識が変化することが瞑想のキーですね。
ロジャー
私もそう思います。瞑想で幸福感を感じたり、逆にとてもリラックスしている状態は“変性意識”状態に入っている、とされるんですね。

瞑想で意識が変性する?

円香
変性意識というと一般の人は怪訝に思われるかもしれませんが、実は、誰もがすでに知っています。例えば、ランナーズハイもその一つ。変性意識について書いた本では、真木悠介『気流の鳴る音』(1)が入門書としておすすめです。これは文化人類学者のカルロス・カスタネダがシャーマンのドン・ファンとの出会いを通して見た世界を記述した本。例えば、“見ること”や“感じること”と同列に“夢見ること”が人間にとって大事な要素の一つとされていたり、人間とカラス、薬草は同等の存在として捉えられていたり。民俗誌学ではなく、フィクションだと考えた方がいいですが、世界の別の見方を知れる刺激的な一冊です。
(1)『気流の鳴る音 交響するコミューン』人類学者のカルロス・カスタネダがヤキ族の呪術師ドン・ファンとの交流について書いた『呪術師と私 ドン・ファンの教え』などを手がかりにシャーマンから見た世界を解説。また、メキシコ、ブラジル、インドなどのコミュニティをヒントに新たなコミューンを構想する比較社会学の書。ちくま学芸文庫/900円。
ロジャー
ドン・ファンを紹介したカスタネダの著作群も非常に面白いですよね。
円香
変性意識に関連した本にオルダス・ハクスリーの『知覚の扉』(2)があります。著者はディストピア小説『すばらしい新世界』で知られる作家です。彼はペヨーテという植物を使って変性意識状態に入るのですが、そのときに見たという黄金の光や水色の球など、抽象的な模様について事細かに書き残しています。
(2)『知覚の扉』イギリス出身の作家、オルダス・ハクスリーによるエッセイ。ボッティチェリの「ユディトの帰還」から正岡子規の俳句をも引用しながら、ペヨーテからできる幻覚剤メスカリンを服用した彼の視覚変容がつぶさに語られる。目の前の花が呼吸するさまを描写した一文は生々しく読みどころ。平凡社ライブラリー/品切れ。
ロジャー
瞑想して見えた光や模様を文章にしたのがハクスリーですが、大昔は絵にしていた、ということを明らかにしたのがデヴィッド・ルイス=ウィリアムズ『洞窟のなかの心』(3)。洞窟壁画といえば、ラスコー洞窟はじめ、牛やライオンなどの動物を描いたものが知られていますが、実際は約8割が幾何学模様なんです。なかでもドットやジグザグ、スパイラルで描かれる絵が多い。洞窟は真っ暗闇なので数時間入っていれば身体感覚が消えて変性意識に入ります。そのときに見える模様を壁画に写していったものだと現在は考えられているんです。
(3)『洞窟のなかの心』南アフリカの考古学者、デヴィッド・ルイス=ウィリアムズによる一冊。最古のアートである洞窟壁画の誕生は、芸術の誕生でもある。考古学から心理学、脳生理学などを駆使し、その始まりはシャーマニズムによる意識変容である、と論じた。翻訳は写真家で多摩美術大学教授の港千尋。講談社/品切れ。
円香
壁画の時代から現代に至るまで、世界各地のロックアートには似たパターンがありますね。アボリジニの画家エミリー・ウングワレーが描く絵もドットやネット状のパターンが印象的。アボリジニにはディジュリドゥという儀式に使う楽器があるのですが、吹いている間は循環呼吸をしなくてはならないので徐々に酸欠状態に陥り、意識の状態が変化します。実際に私も演奏するのですが、変性意識状態で見えるビジョンはアボリジニの描くアートの世界に似ているんです。
ロジャー
面白いですね。洞窟壁画は最初の芸術なので、壁画が瞑想状態と密接に関係するということは、あらゆる芸術活動の根源が瞑想にあると言える。逆に言うと、瞑想で変性した意識がアートを生み出す原動力になっている。だから私は美術史の講義の最初に、洞窟壁画と瞑想の関係を紹介するようにしています。
円香
また、変性意識体験は自我を脇に置き、共感能力を高めます。アメリカ西海岸の現代魔女宗はその例の一つ。彼女たちはフェミニズム、環境運動、近年ではBLMの運動にも積極的に参加しているのですが、この源流には瞑想で向上した共感能力があります。現代魔女が“魔女”と名乗るのも中世の魔女と無関係ではなく、“マイノリティや虐げられた者たちの代弁者である”という共感があるから。その共感は人種、種族を超えて地球、動物、未来人にも及んでいるんです。
ロジャー
集団を変えたという意味では1960年代にNYで、その名の通り「W.I.T.C.H.」というフェミニストたちの反家父長制運動があり、当時、草間彌生さんもパフォーマンスをしていました。“瞑想”というと、オカルティックでふわっとした話になりがちですが、その半面、今挙げたように社会の草の根運動にもしっかり結びついているんです。
円香
それに関連して芸術の癒やしの側面に注目すると、エマ・クンツのイラスト(4)は非常に興味深いです。
(4)『エマ・クンツのイラスト』エマ・クンツは、1892年スイス生まれのヒーラー、研究者。患者の話を聞いてイラストを描いた。上も診察結果の一つで、色鉛筆やオイルパステルを使った、シンメトリカルな模様が特徴。約400の作品を残して1963年に死去。彼女の美術館のHP(emma-kunz.com)で作品を一部見ることができる。 ©Adobe Stock
ロジャー
20世紀前半のスイスで活躍したヒーラーですね。升目が入ったグラフペーパーの上に振り子をかざして、病人の話を聞きながら揺れる振り子の動きを描いています。完成したイラストはいわば患者のカルテ。クンツと患者の2人による共同作業とも言えますね。現代医学では考えられない診察方法ですが、どのイラストを見ても必ずシンメトリックな構造になっているのは面白い。これは注目に値する、ということで近年は残された大量の絵に潜む共通原理を見出そうという研究が進んでいます。

初心者のための瞑想入門。

円香
私はディジュリドゥのほか、タロットカードを使った瞑想等をするのですが、ロジャーさんはどうしていますか?
ロジャー
私はいわゆる座禅のように、朝、座って瞑想をします。ヨガの呼吸法を取り入れることも。学生のときはお寺で修行をしていました。ほかにもアートや音楽の鑑賞をしたり、最近は「パンドラ・スター」(5)を使っています。
(5)『パンドラ・スター』イギリスの会社名であり、商品名。元を辿ると、バロウズらが生み出したドリームマシーンに行き当たる。スイッチを入れると円盤のライトが明滅する。顔の前に置き目をつぶっていると、まぶたの内側で光が模様を作り万華鏡のような映像が見える。公式HP(pandorastar.co.uk) では幻視のイメージ映像が見られる。
円香
アーティストのブライオン・ガイシンと作家のウィリアム・バロウズが作った、ドリームマシーンの発展形ですね。
ロジャー
光が明滅するんです。顔の前に置いて使うのですが、目はつぶったまま。まぶたの裏に光の模様が見えてきて、瞑想体験ができる。バロウズは“初めて目を閉じたまま体験できるアートを作った”ということを言っています。
円香
かっこいいですね!
ロジャー
これを使う人はたくさんいて、ミュージシャンのイギー・ポップ、映像作家のケネス・アンガー、ソニック・ユースのリー・ラナルドなどの証言もある。2008年には彼らも登場するこのマシーンについてのドキュメンタリー映画『Flicker』が製作されました。
円香
チカチカだとギャスパー・ノエ監督の最新作『ルクス・エテルナ』(6)は強烈でした。画面全体が激しく明滅するんです。映画館で瞑想体験ができますよ。
(6)『ルクス・エテルナ』ギャスパー・ノエ監督の最新作。新人監督が魔女狩りをテーマに映画製作に挑む。画面全体が明滅するチカチカムービー。〈サンローラン〉によるアートプロジェクト「SELF」の第4作。全国公開中。|本作は光に対して敏感なお客様がご覧になられた場合、光の点滅が続くなど、光感受性反応による諸症状を引き起こす可能性のあるシーンが含まれております。ご鑑賞いただく際にはあらかじめご注意ください。|©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE
円香
VRの「ZEN Parade」(7)はタイトルからインパクト大。これが「禅」?! と、カルチャーショックを受けました。日本では禅といえば枯山水や“わびさび”ですよね。でもこれは極彩色の空間で、絵具のようなテクスチャが非常に美しい。コントローラーを使って自由に浮遊しオブジェクトの中に入っていくこともできます。BGMも強烈で、変性意識に入るのを手助けしてくれるので、ぜひ体験してみてください。
(7)「Zen Parade」Shape Space VRによる2016年の作品で、360度3Dアニメーション。作者のケヴィン・マックは映画『ファイト・クラブ』や『ビッグ・フィッシュ』などで視覚効果を手がけたアーティスト。『奇蹟の輝き』ではアカデミー視覚効果賞を受賞。YouTubeで「Shape Space VR Zen Parade」と検索すれば見ることができる。
ロジャー
確かに、とてもサイケデリックな表現ですね。音や映像がある世界に没入して、瞑想を擬似体験できる初心者にはぴったりの作品だと思います。
円香
映画やVRを観賞する瞑想のように、目を開いて行う瞑想もあるんです。これもぜひ体験してほしいですね。
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ロジャー・マクドナルド
1971年東京都生まれ。美術史家。長野県にある個人美術館〈フェンバーガーハウス〉館長。芸術家たちも実践した観察、“ディープ・ルッキング”をテーマにした本を今年出版予定。

円香
まどか/現代魔女、VRアーティスト。南カリフォルニア大学でVR/XRを研究し、現地の現代魔女宗をフィールドワーク。Witchcraftの実践を行う。『未来魔女会議』主宰。Twitter:@kamadooma

illustration/
Nameko Shinsan
text/
Ryota Mukai

本記事は雑誌BRUTUS932号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は932号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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