エンターテインメント

おくやまゆか × 伊藤ガビン|『A子さんの恋人』とはなんだったのか?

BRUTUSCOPE

No. 932(2021.02.01発行)
音楽と酒。
おくやまゆかさんが選ぶベストオブベストの一コマは、3巻174ページから。「A太郎と体を重ねるA子が、白から黒へ変わっていく表現も素晴らしい」(おくやまさん)。モノクロームの表現の豊かさに震える名場面。
A太郎への10年以上の片思いに敗れたI子がK子宅に討ち入り。「迎えに来てあげてよ」と頼むK子への「案外余裕がある」(ガビンさん)山田の返しがこれ。山田もまた長い片思いにケリをつけるのか? 4巻155ページ。

名作漫画の「ここがスゴイ」を愛情たっぷりに語り合う。

新刊が出るたびため息混じりの感想が溢れ、完結が報じられると悲鳴さえ聞こえてきた『A子さんの恋人』。稀代の名作漫画について漫画家・おくやまゆかさんと編集者・伊藤ガビンさんが対談した。

伊藤ガビン
僕は『A子さんの恋人』を、立体構造物を見るように楽しんでいるんですよね。伏線が張られ、形を変えながらも構造がしっかりあって、その細部をズームして見ているような。
おくやまゆか
作中の1年間に、回想を含ませたりいくつもの時間を重ねながら物語を描くというのもすごいですよね。そのうえどのページにもユーモアがちりばめられている。登場人物のほぼ全員にシンパシーを抱きながら読みました。
ガビン
端役もすごくて、僕が好きなのは山田。ぼんやりだけど確信犯的なところもあって、彼がK子に、「僕の気持ちとかプライドはどうなるの?」と言うあたりで感極まりました。
おくやま
みんな愛すべき存在ですよね。
ガビン
A太郎の隣人のパチプロやU子のボーイフレンドのヒロ君もいいんだよな。7巻で、パチプロがA太郎の背中に「行かないでっていうのも/出て行ってほしいっていうのも/両方ホントなんだよ」と言うところ、すごい好き。
おくやま
私の周りにはA君派が多かったけど、私はA太郎の、浮わついているようでいて悲哀が見え隠れする感じに惹かれます。5巻で飛び出すヒロ君の名言「A太郎さんもアメリカの彼も/えいこさんが完璧な人だから/好きなんじゃないと思うな/お互いの悪いところをわかった上で/『ふたりで許し合って生きていきませんか?』って/言ってるんじゃない?」にも感動したし、これだけの群像劇で、キャラクターごとの物語を完結させているのもすごいです。
ガビン
漫画の作りにしても、オーソドックスな漫画の手法を、知らずに再発明しているような。独特ですよね。
おくやま
テクニックはもう、おそろしいほどです。入れ子構造のところなんてどうやってページを合わせるの? なぜ同じコマを同じ場所に自然に置けるの? 
ガビン
体の絵一つとっても、服の中にある脚の形がはっきりわかる!
おくやま
ここまで不安要素が皆無な漫画の絵ってあまりないですよね。人物にしても背景にしても、選ばれている線が完璧で違和感が全くありません。
ガビン
アニメーションも作る人でありながら、一コマの中に前後の動作が内包されていて、漫画的な時間のなかで絵が描かれているのも気持ちいい。
おくやま
部屋の中に人が集まっている場面で出てくる、カメラを低めに固定したような構図も大好きなんです。
ガビン
そうそう、標準的なレンズを使って、特殊な撮影方法もとっていない感じ。かと思えば、物語の進行に背景をマッチさせる、動線で語るような映像的表現もばっちり決めてくるでしょ。6巻でK子が電話してる場面なんて、K子が見ている風景が描かれているんだけど、同時に物語の一部を俯瞰しつつ、そこにぐっと寄って細部を描写しているという。
おくやま
お楽しみが満載すぎます! さらに漫画の中でA子さんのデビュー作の漫画を描いて、A子さんはそこにも向き合っていく。一体どうしてどうやって、こんな大変なことを……信じられない。近藤さんは、作ったものに責任を感じられる誠実で丁寧な方なんだろうなあ。
ガビン
格別好きな場面ってどこでしたか?
おくやま
たくさんあるのですが、3巻の最後ですかね。A子がA太郎に裸で脚を絡ませているシーン。過度に美しいポーズを選びたくなるところなんですが、脚の開きなど美しいというより生々しい。A子の感情がわーっと沸き立っていく感じ、格好つけてなんかいられない感情の動きがポーズに表れているみたい。
ガビン
わかる、わかります。
おくやま
「もう少しだけ/一緒にいたいの」というセリフに続くこのコマで、とにかく何度でも泣いてしまいます。
ガビン
体がね、やっぱりいいですよね。
おくやま
いい! 手の指の重なりや土踏まずまでいい! いやもうこれ、いくらでも話していられちゃいます(笑)。
ガビン
とにかく『A子さんの恋人』について言いたいのは、うまい! 面白い! 素晴らしい! ということです!
おくやま
近藤聡乃さん! 最高の作品をありがとうございました!

『A子さんの恋人』

A子さんは29歳漫画家。NYのA君と東京のA太郎。2人の恋人と10年来の友人たちに囲まれ、考え、悩み、動く。A子さんの幸せはどこにある? 全7巻。KADOKAWA/620円〜。

エンターテインメントカテゴリの記事をもっと読む

おくやまゆか
漫画家、童話作家。漫画と文学のリトルプレス『ランバーロール』を友人逹と主宰する。著書に『たましい いっぱい』『むかしこっぷり』、児童書『うりぼうウリタ』などがある。

伊藤ガビン
いとう・がびん/編集を切り口に紙媒体、映像、ゲーム、現代美術やWEBなどをディレクション。WEBメディア「NEWREEL」編集長。女子美術大学短期大学部では教鞭も。

photo/
Masanori Ikeda (Gabin Ito), Tomo Ishiwatari (BOOK)
text/
Hikari Torisawa

本記事は雑誌BRUTUS932号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は932号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.932
音楽と酒。(2021.02.01発行)

関連記事