アート

動物としての本能に導かれて、“家”の外へ。|鴻池朋子

BRUTUSCOPE

No. 932(2021.02.01発行)
音楽と酒。
鴻池朋子

 岩のような外観が特徴的な〈角川武蔵野ミュージアム〉に近づくにつれ、視界に入ってきた、外壁にへばりつく物体。それは青空を背にして巨大な凧のようにも見えた。クレーン車2台を稼働して作業員が設置している最中で、そこにはヘルメットを被った鴻池朋子の姿もあった。幅約25m、高さ約10mもあるこの作品、名は《武蔵野皮トンビ》という。ネコやタヌキにも見えるが、なるほど、愛嬌ある顔をしたトンビが翼を広げて飛ぶ格好である。体のあちこちには、微生物や昆虫、卵を抱えたカエル、徘徊するキツネ、冬眠中のリスなどの小獣たちが描かれ、翼自体は木の枝や稲妻の形にもなっていて、その先には険しい山々の景色がある。トンビが生命体を内包するのか、自然がトンビを形成しているのか、その境界は曖昧だ。間近で眺めると、いびつな形の牛革を幾枚もツギハギにした、大きな縫い目も迫力がある。

「この建物を初めて見たとき、外がいいとすぐに思いました。ここ数年、“美術館の中は安全で守られた場所”という意識が強くあって。白い壁が用意されていて、照明も整備されて、雨や風に晒されることもない。綺麗に描けるのは当たり前で、ここでずっとやっていたらダメなんじゃないかと思うようになったんです。息苦しさというか、生物としての危機感なのかもしれません」

 そこで、建築図面にトンビのイラストをペタッと貼り付け、「これでいく!」と、至ってシンプルなものを提示した。言葉よりも先に閃くイメージや感覚を逃さないのが強みだ。

「不安だからこそ、まず人に見せるんです。どうするのかはその後に考えればいい。制作をスタートして、“設置できるぞ、大丈夫”とか“こういうことがやりたかったんだ”と、確認をしていく感じですね」

 さて、凡庸ではあるが、コロナ禍において、アートにできることとは? と聞いた。

「メッセージを発信する側の方が遅れているのではないかしら。みんな作品を見て何かを教わろうなんて思ってないし、自分で読み解いて言語化する力も持っている。揺れ動く日本という場所で生きているからこそ、足元をきちんと見て、臨機応変な対応の仕方が体に染みついていると思うんです」

 彼女の言葉に、作家という存在をとても近くに感じる。そして、「もしかしたら、家の壁にへばりついている蛾なのかもしれない」と、ぽつりと言うのが妙に印象的だった。そう、壁に貼り付いたトンビは、羽ばたこうとしながらもじっとして、何か言いたげである。

『コロナ時代のアマビエ』

〜2021年10月末、埼玉県所沢市にある角川武蔵野ミュージアムで、コロナ禍での妖獣「アマビエ」を6作家が展示。上は展示中の《武蔵野皮トンビ》の原型となった『瀬戸内国際芸術祭2019』での展示風景。瀬戸内海に浮かぶ大島の森に半年間晒され、昆虫や微生物が棲みついた「皮トンビ」だ。

https://kadcul.com/event/29

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こうのいけ・ともこ

1960年生まれ。考古学や人類学などと協働したプロジェクトを多数手がけ、サイトスペシフィックな作品でも知られる。近年の個展に、『根源的暴力』(神奈川県民ホールギャラリー)、『ちゅうがえり』(アーティゾン美術館)など。2017年芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

photo/
Kazuharu Igarashi
text/
Shiho Nakamura

本記事は雑誌BRUTUS932号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は932号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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音楽と酒。(2021.02.01発行)

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