エンターテインメント

キングヌーの新譜。〈皺〉と、ノワールMV。

滝本誠のCAFÉ NOIR

No. 931(2021.01.12発行)
なにしろカスタード好きなもので。

 あらゆる歌のジャンルにおいて、顔の皺が歌われたことはいままであったろうか? きわめてまれな事例が令和の秋に出現した。キングヌーの新曲「三文小説」である。紫咲コウ主演のTVドラマ『35歳の少女』の主題歌であるが、ここでなめらかな女性の声を作り上げ、神秘の声帯をふるわせたのが、井口理であった。かれの声帯のすごみは、そのハイトーンを繊細にコントロールし、実に心地よく深く、歌詞内容をリスナーに届けるということにある。高いだけならそれなりに出せる男性歌手、女性歌手は多いだろうが、それが心地いいかというとまた別である。井口氏の声は不思議なほどに心地いい。

 ともあれ、顔の皺という、普通ならはばかられることの多い表現が、ひとつの絶対の愛のかたちとして出現した。作詞の常田大希にとって、皺に愛を注いだ経験は、上京してから数年、90歳を超える祖母と暮らしたことだろうか。2人でよくマクドナルドで食べたと語っていたが、このとき祖母の皺と毎日向き合っていたはずで、当然ながら様々な思いを抱いたにちがいない。皺は愛だ。この祖母への当時の思いが結晶したのが「三文小説」ではないか。そのころ公開された、スタジオジブリ配給の養護老人施設を舞台にしたスペインアニメ『しわ』(原作漫画は小学館集英社プロダクション刊)のことは知っていたかどうか。

 当たり前だが、表現者として成功するのはあらゆるジャンルでごくわずかだ、夢追人として野垂れ死にすることがほとんどにちがいない。世の生活者は実のところ、表現者になにも関心はない。この冷徹を知っている常田は、「三文小説」と表裏一体の「千両役者」も書き上げる。西欧三文小説(パルプ・フィクション)の一ジャンル、ノワールといっていい転落世界だ。夢追人としてMVにキャスティングされた俳優の須森隆文はヌーの「飛行艇」MVで、からかわれているホームレスとして登場していたが、今回もその役を引き継いでいる。なんともすばらしい演技と表情 その彼が死の直前に『フランダースの犬』の少年のごとく、教会でみた夢がMVの内容といっていい。フリーク・アウトな歌詞! アウ!

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たきもと・まこと

東京藝術大学卒業後、編集者に。著書に『映画の乳首、絵画の腓 AC 2017』(幻戯書房)。

本記事は雑誌BRUTUS931号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は931号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.931
なにしろカスタード好きなもので。(2021.01.12発行)

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