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【12月19日〜2021年1月9日上演】現実と虚構の間で。松井周の創作世界を豊﨑由美が検証。

BRUTUSCOPE

No. 930(2020.12.15発行)
世の中が変わるときに読む本。
豊﨑由美(左) 松井 周(右)

不穏な2020年を経て、創作の向かう先とは?

柄本明が演出・出演する舞台『てにあまる』に脚本を書き下ろしたのが、演劇ユニット〈サンプル〉の松井周さん。無類の本好きで小説も書く。創作について、書評家の豊﨑由美さんと語った。

豊﨑由美
新作『てにあまる』の戯曲を読ませていただきました。脳内柄本明さんが動き出すようでした(笑)。DVやパワハラなどの描写が出てきて、COVID−‌19以降に書いたという空気をはっきりと醸し出されていましたね。
松井周
いま、おそらく作家は皆、COVID−‌19をどう扱うか、悩みながら創作していると思います。コロナ禍では、それまで隠れていた人間の野蛮な部分を目の当たりにすることが増えた気がするんです。衝動や暴力について考える耐性が、観客のみなさんにもついているんじゃないかと思いながら書いていました。
豊﨑
わかります。Twitterを見ていても、ステイホームで自分の内側を見つめることにより、過去に深く傷ついた体験がフラッシュバックしているんじゃないかと思うような攻撃的な発言が多くて心配になります。このホンに出てくる「抜け道はないのか?」というセリフは、まさにいまのみんなの気分ですよね。
松井
これまでは、人と会ってなんでもない話をしたり、飲み会をしたりというようなことが(心の)アースの作用を果たしていたんでしょうけど、いまは逃げ道が断たれていますからね……。
豊﨑
松井さんは、劇団サンプルの『ブリッジ』(17年)でも、村田沙耶香さんと共同制作をした2019年の『変半身』でも、現実と虚構の境がなくなるような戯曲を書いておられます。でも、『てにあまる』は基本的にはリアリズム。ちょっと意外でした。
松井
僕は、時間も空間も飛んでいくような、フィクションにフィクションを重ねる作品を好んで作ってきたんですね。演劇に限らず、「表現にはわからない部分があるもの」と思って突き進んできたのですが、難解に感じる方もいたようなんです。最初から奇妙な世界ではなく、物語の入口をリアリズムで固めることで、逆にフィクションへ高く離陸できるのかなと、最近はリアリズムの比重を多くしているところはあります。
豊﨑
小説「リーダー」も拝読しましたが、こちらもリアリズムでした。書き慣れていらっしゃるなという印象。演劇のようなとっちらかりはなくて(笑)、うまくまとまってました。もしかしたら、松井さんは演劇ほどの自由を小説には感じていないのかな? と思ったんですが。
松井
ああ! まさにいまそこに悩んでいます(笑)。戯曲は俳優が演じるので、自分の書いた言葉も引き伸ばされたり沈んだりして、いくらでも仕掛けていけるのですが、小説は俳優がいません。仕掛ける相手が、読者なのか自分なのか、それとも世間の既成概念なのか。敵が見えなくなっている感じなんですよね。
豊﨑
劇作、演出、俳優だけでもすごいのに、さらに小説なんて重荷を。どうしてまた書こうと思われたんですか?
松井
多分、小説が好きだからだと思います。大江健三郎さんとか、シオドア・スタージョンやブライアン・エヴンソンなどの幻想とリアルがつながっているような作品が好きなんです。演劇は、俳優の体に光や音が重なり合ってできるもの。それはそれで面白いですが、小説は、ただの文字の連なりなのに、読むだけで頭の中に物語世界が広がります。しかも、僕の思い浮かべているものとは違う世界が、おのおのの読み手のなかに出来上がるって(笑)、興味深い表現だなあと。
豊﨑
演劇は演出家によって、解釈の導線をある程度引かれますが、小説は読み手の自由。私は約10年書評講座の講師をしていますけど、ちゃんと読めている人のあらすじは的確で面白い。でも、いい加減に読んだ人のあらすじは、びっくりするような間違いがあるんです。たとえ誤読だったとしても、その人の脳内はそれでも十分楽しい。
松井
たしかにそうですね(笑)。
豊﨑
どんなに頭の良い人も、自分という小さな檻に閉じ込められています。それが、創作物によって横からポンと突かれて、自分の思考の螺旋が思わぬ方向に広がっていく。つまり他者が、自分の思考の限界を広げてくれるんですよね。
松井
その通りだと思います。ただ、戯曲も小説も書くのは毎回苦しいです。前作とは違う新たなものを求められますし、観客(読者)の嗜好に合わせるのも軽薄だし。自分のテーマを深めることと、観客に受け止めてもらえることの焦点をどう合わせるか、試行錯誤の連続です。
豊﨑
他人の評価よりも、「書きたい」という気持ちがまず大事だと私は思っているんです。作り手は毎回試されますし、書き続けるのは大変でしょうが、続けてほしいです。演劇のような、松井さんの自由な小説を私は読んでみたいです

Sky presents『てにあまる』

脚本:松井周/演出・出演:柄本明/出演:藤原竜也、高杉真宙、佐久間由衣/IT企業の社長をしている男(藤原竜也)は、一人暮らしのある老人(柄本明)を家に連れ帰り、生活を共にすることにする。部下や別居中の妻には、家政夫と説明するのだが、その真の目的とは。藤原と柄本は5年ぶりの共演。12月19日〜2021年1月9日、東京芸術劇場プレイハウスで上演。●問合せ/ホリプロチケットセンター☎03・3490・4949。地方公演あり。

https://horipro-stage.jp/stage/teniamaru2020/

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とよざき・ゆみ

ライター 、書評家。主な著書に『勝てる読書』『ニッポンの書評』『まるでダメ男じゃん!「トホホ男子」で読む、百年ちょっとの名作23選』など。

まつい・しゅう

劇作家演出家小説家、俳優。2007〜17年劇団〈サンプル〉主宰。18年から個人ユニット〈サンプル〉を始動。『自慢の息子』で岸田國士戯曲賞を受賞。

photo/
Aya Kawachi
text/
Tomoko Kurose

本記事は雑誌BRUTUS930号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は930号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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世の中が変わるときに読む本。(2020.12.15発行)

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