エンターテインメント

一人っ子の父と2人の子供が結ぶ『父と子の絆』。|島田潤一郎

BRUTUSCOPE

No. 930(2020.12.15発行)
世の中が変わるときに読む本。
島田潤一郎

忘れてしまう、忘れたくない、子供たちとの時間を本に刻む。

ひとり出版社〈夏葉社〉の島田潤一郎さんの新しい著書の帯には、「ぼくは、息子に、たくさん、『生まれてきてよかったね』といいたいのだ」という文字が刷られている。タイトルは『父と子の絆』。カバーに描かれた笑顔が淡く光を放つ。



「自分の似顔絵は恥ずかしいんですが、この本は、装画もタイトルも、ポール・サイモンの『母と子の絆』へのオマージュなんです」と島田さん。サイモン&ガーファンクルの解散後に発表されたファーストソロアルバムの代表曲だ。

「『父と子の絆』はこれまで出した3冊の著書のなかでも一番私的な内容で、自分でも何を書いたか、どういう本になったのかいまだにわからないところがあります。子供たちとの日々を書き残したいという思いで、息子が生まれてしばらくして書き始め、メールマガジンで2年にわたって連載したものをまとめました。子供って、例えばしゃべり方一つとっても毎日変化する。文法も変わる。だから、スケッチをするようにそれを記録したかった。あえて文章で残そうとしたのは、自分で書いたものって、心のかなり深い部分に残っていくんですよね。書くという意識があって初めて見えてくるものもあるし、どんな言葉を選び、足し、削って、僕と子供たちの間に起こった出来事に色味を近づけていくのかを考える。もう一つ、子供がいる生活って、幸せなものとしてポジティブな面だけで語られがちですよね。そこにはほかのものと交換できない喜びがたくさんあるけど、決してそれだけではない。僕も妻も、日々翻弄されてとにかく大変だったし、子育てをしている今でも夫婦2人の生活が羨ましくなったりもする。そういう気持ちを正直に書いておきたいという思いは、今でもずっと持っています」

 息子が生まれ、娘が生まれ、訪れた新しい生活は〈夏葉社〉と島田さんの働き方を大きく変えた。

「毎朝10時〜12時がゴールデンタイムで、とにかくここで集中してやればなんとかなる。原稿の校正、鉛筆入れなどの編集仕事と、自分の原稿の執筆は午前中に終わらせて、昼食後は発送や経理や営業。17時になったら帰ります。家族のことを考えるとそうせざるを得なくなったというのが正直なところですが、いざやってみたらできたし、〈夏葉社〉の刊行点数も増えました。勤務時間は短くなっているけど、文学が扱う大きな物事は、二次関数を解くように解けるものではないから、1年、5年、10年も20年もかけて考えることが必要です。だから、机に向かっていなくても、歩きながら、家事をしながら、心にひっかかってるものについてじっくり考え続けたい。考えて考えて、出す時は集中して書く。それに、生活の時間や文化とたわむれる時間を長くとれるほうが、僕の場合は、仕事にもいい影響が出るように思えるんです。そんなわけで、今は、働く時間をもっと切り詰められないかと画策しています」

 島田さんの自宅にはインターネット環境がない。娘が生まれて以降は、スマートフォンもガラケーに機種変更したという。

「まったく問題ないですよ。家では家事をして、本を読み、音楽を聴き、サッカーの試合を観たりもします。スマホはもちろん大好きでしたが、使っていると一日がどんどん細切れになってしまうんです。それより今は、子供が遊ぶのを見ていたり、一緒に遊んだり、読書をしたい。細かい情報を取捨選択して編集して判断して、という今らしいありようの一方で、例えばライブや映画に行けば、2時間なら2時間、細切れじゃない贅沢な時間がそこにはあるじゃないですか。ライブハウスにも映画館にも行けなかったとしても、僕たちは、安くて便利な本というツールを持っている。100年も200年も前に書かれた小説であっても、本を開けば登場人物が生き生きと躍動していて、彼らは、作者よりも歴史上の偉人よりも強くて長い、永遠の命を持ってそこにいる。というのは、大好きな小島信夫という作家の『私の作家遍歴』に書かれていたことの受け売りなんですが(笑)、本ってやっぱり最高だな、と年をとるごとに思います。僕にとって本が友人であるように、人によってそれは、音楽や洋服やスポーツかもしれない。文化というものはいつだってそこにあって、人生の救いになり得るものだと信じています」

『父と子の絆』

2014年の秋の日に赤ん坊がやってきて、夫婦の人生のほとんどすべては息子のものになった。子守唄代わりのビートルズ、ミニカー、妹、幼稚園、毎日新品に生まれ変わる小さな命。子供たちとの暮らしを柔らかな言葉で綴ったエッセイ集。アルテスパブリッシング/1,800円。

本への愛と、仕事を考えた2冊の著書も。

左/辛くなると本屋に駆け込んでいた子供が成長し、大学の文芸部に籍を置き、作家を志望し、就職活動の果てに、自分だけの出版社を立ち上げる。叔父と叔母のため、亡くなった従兄のために一冊の本を作る。〈夏葉社〉の出発点が語られる『あしたから出版社』。晶文社/品切れ。
右/本を信じ、読者を信じる。作家を思い、本を愛する心のうちを語り、その未来を信頼し、「人生が一度きりなのであれば、ぼくはいまの仕事をできるだけ長く続けたい」と力強く宣言する。刊行以来、版を重ね続けている『古くてあたらしい仕事』。新潮社/1,800円。

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しまだ・じゅんいちろう

1976年高知県生まれ。2009年に「何度も、読み返される本を」をスローガンに掲げて、ひとり出版社〈夏葉社〉を立ち上げる。最新刊は『ブックオフ大学ぶらぶら学部』。

photo/
Tomo Ishiwatari
text/
Hikari Torisawa

本記事は雑誌BRUTUS930号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は930号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.930
世の中が変わるときに読む本。(2020.12.15発行)

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