エンターテインメント

宇佐見りん『推し、燃ゆ』

星野概念「精神医学で診る本の診断室」

No. 929(2020.12.01発行)
餃子♡愛

何より、推しを推すとき、あたしというすべてを懸けてのめり込むとき、一方的ではあるけれどあたしはいつになく満ち足りている。学校もバイトもうまくいかず、推しを推すことだけに救われる主人公。彼女にとって、推しはすべてだった。河出書房新社/1,400円。

主治医・星野概念 診断結果:誰かにとっての心の居場所が、少しいびつに見えたとしても。

 人には、夢中になれる何かが必ずあると思います。それが、社会的である、という状況と相性が悪い場合もあるけど、何かをしたり、考えているうちに時間を忘れるということが全くないわけではないと思うのです。僕が勤務する通所施設には、家からほぼ出ない人が複数人いますが、多くの人は電車やゲーム、人によっては、かさぶたを少しずつ剥がすことに夢中になる人もいます。僕は仕事柄、精神保健のことを考えるのが好きですが、それ以上に続けていることは、バスケットボール観戦です。学生時代には、ケーブルテレビを契約して試合を観漁っていました。夢中になれるものがあると、人との輪を無理して広げなくても孤独ではなくなります。人とつながる物理的な居場所も当然大切ですが、心が孤独にならない、心の居場所を確保することはもっと大切だと思います。本作の主人公は、何年もアイドルグループの一人を推すことに夢中になり、生活すべての中心に「推し」がいます。これは、社会的な人からすると理解に苦しむことで、家族からもよく思われません。でも、家族に何を言われても、彼女は自分の心の居場所を保とうとします。それを失うと、自分のバランスが壊滅的に保てなくなることを無意識的にわかっていたのだと思います。彼女の母や姉は、社会的ではありますが、家族の顔色を窺い、人生を左右されて辛そうです。社会的には少し逸脱しても、自分の心の居場所を保つことと、何はともあれ社会的であろうとすること、どちらを優先して考えるべきなのか。そんなことを考えさせられました。僕は前者だと思いますが、皆さんはどうでしょうか。

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ほしの・がいねん

精神科医など。いとうせいこうとの共著に『ラブという薬』『自由というサプリ』がある。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS929号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は929号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.929
餃子♡愛(2020.12.01発行)

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