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ミヤギフトシが観た、セルゲイ・ロズニツァ監督のドキュメンタリー映画『国葬』。

BRUTUSCOPE

No. 927(2020.11.02発行)
映画監督論。
『国葬』1953年3月5日にソビエト全土に報じられた、独裁者・スターリンの死。本作は、その国葬の記録映像を、67年の時を経て再編集したドキュメンタリー映画だ。幾千万人が嘆き悲しむ姿は、スターリンが生涯をかけて実現した社会主義国家の真の姿を明らかにしている。
『国葬』1953年3月5日にソビエト全土に報じられた、独裁者・スターリンの死。本作は、その国葬の記録映像を、67年の時を経て再編集したドキュメンタリー映画だ。幾千万人が嘆き悲しむ姿は、スターリンが生涯をかけて実現した社会主義国家の真の姿を明らかにしている。

どこかから聞こえるすすり泣き。

 まるで映画みたいだ、とその映像を観ながら妙な感想を抱いた。観ているものは紛れもなく映画だが、記録映像の粋に収まらない美しさがある。それらはスターリン追悼を目的としたドキュメンタリー映画のために撮影されたものの、映画の製作は何らかの理由で頓挫して映像は手付かずの状態になっていたらしい。

 200名弱の撮影者によって撮られたフッテージらしく、それぞれの美意識が見えつつも確かな統一感がある。各地に配属され、重苦しく動く人びとの群れが俯瞰で、あるいはその顔が寄りで撮影される。男性たちは厳かに、女性たちは静かに。その正しい悲しみ方もまた、映画的な画面の美しさに寄与している。

 しかし、映像が美しければ美しいほど、拭えない違和感も生まれてくる。例えば、生々しく妙に近く聞こえるすすり泣きの音。そして後半になると、ポーランドの作曲家であるショパンの「葬送行進曲」が(実際に葬儀で演奏されたらしいが)執拗に繰り返される。仕事の手を止めてカメラを見据える様々な職業に就く人びとの姿は、写真家のアウグスト・ザンダーが社会的なマイノリティを含む市井の人々を写真に撮り一時代のドキュメントを作り出そうとしたものの、ナチスの干渉によって計画が頓挫した『20世紀の人間たち』をも想起させる。スターリンの行ってきた政治を考えると、違和感を生み出すそれらの音やイメージに何かしらの意図を感じてしまう。その意図が編集者にあるのか、撮影者にあるのか、あるいはもっと遡って撮影を依頼した者にあるのか、その境界線は少しずつ曖昧になってゆく。そうして、私は何を見ているのだろうという思いだけが強まってゆく。

 延々と、正しく悲しんでいる人びとが映されている。そのことが、違和感の正体だと気づく。ここには、悲しんでいない人がいない。悲しめない人がいない。映される人びとの顔が悲しみに暮れ、カメラがその表情にフォーカスするほど、そこに映されない人びとの存在が亡霊のようにフレームの外から語りかけてくるようだ。登場する人びとの「演技」かもしれない悲しみが、カメラ映りの良いものであるほど、演技をしない、あるいはできない、ここにいない人びとの存在感が強まっていく。奇妙に生々しい泣き声は、実はフレームの外から聞こえる彼女ら・彼らのものではないか、そんな想像さえしてしまう。そして、画面に映る人びとは、果たして誰の死を悲しんでいるのか。ナチスの「美しいドイツ人」観に合致しないとして燃やされた『20世紀の人間たち』のネガがあったように、この記録映像には決して映ることのない、映らないからこそ雄弁な無数の死がある。そのすすり泣きに耳を傾けさせようとする、静かで不気味な追悼の映画だ。

鬼才、セルゲイ・ロズニツァ作品が待望の日本初公開!

最新作『国葬』のほか、スターリンによって行われた90年前の裁判記録を使用した『粛清裁判』、元強制収容所を観光する人々を追った『アウステルリッツ』を含めた3作の特集上映『セルゲイ・ロズニツァ「群衆」ドキュメンタリー3選』が、11月14日〜12月11日、4週限定で、シアター・イメージフォーラムで開催予定。

『粛清裁判』
『アウステルリッツ』
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セルゲイ・ロズニツァ
1964年ベラルーシ生まれ。映画監督。ソ連圏の政治情勢を追いかけた作品を数多く発表。2018年の『Donbass(原題)』ほか、2010年以降に製作した作品すべてが世界三大映画祭に選出されるなど、世界的に高い評価を得ている。

ミヤギフトシ

1981年沖縄県生まれ。現代美術作家。アートプロジェクト「American Boyfriend」では、国籍や人種、アイデンティティをテーマに映像やオブジェなど、多様な作品を発表。2019年には初の小説『ディスタント』を上梓した。

text/
Futoshi Miyagi

本記事は雑誌BRUTUS927号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は927号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.927
映画監督論。(2020.11.02発行)

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