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わたしは ひきざんの くりさがりが まだ よくわからない。(『MOTHER』より)

『MOTHER』の特別なことば。

No. 926(2020.10.15発行)
恋の、答え。
© SHIGESATO ITOI / Nintendo

糸井重里の詩人としての一面が随所に。

 物語の中で心を揺り動かすことばは、大抵は文脈の上に機能します。ある状況があって、何か出来事が起こり、誰かが反応し、その流れの中でことばは人の心を震わせる。しかし、ことばには文脈と関係なく急に心を震わせるものもあって、例えば“詩”というのはそういうものだと思います。

 本人は詩人を尊敬するゆえに認めませんが、『MOTHER』をつくった糸井重里という人のある一面は詩人であるとぼくは思っています。特に、しばしば文脈のないことばの輝きで世界を表現する『MOTHER』においては、彼の詩人としての面が随所で発揮されています。

 例えば、『MOTHER』の1作目に小学校が出てきます。そこには小学生がたくさんいて、彼らは小学生らしく他愛もないことをしゃべるのですが、ある女の子に話しかけると、その子はこんなふうに言うのです。

「わたしは ひきざんの くりさがりが まだ よくわからない。」

 このことばは何かの文脈を引き継ぎません。この子が物語の鍵を握るわけでもないし、前後になんの伏線もない。ただ、この女の子は教室の片隅で、引き算がよくわからないことを不安がっている。

 ぼくはそれを読んで彼女の不安な気持ちに引き込まれ、なんともいえない切ない気持ちになりました。ああ、そういう不安が学校という場所にはあるよ、と思いました。

『MOTHER』の3作のシリーズのなかには、こういう単独で心に響くことば、たった一つで十分に美しいことばがたくさん収録されています。それら一つ一つが糸井重里のとても短い詩だと、ぼくは思っているのです。

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文/
永田泰大(ほぼ日)

本記事は雑誌BRUTUS926号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は926号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.926
恋の、答え。(2020.10.15発行)

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