エンターテインメント

ふしぎな中毒性がある、宮崎夏次系とは?

BRUTUSCOPE

No. 926(2020.10.15発行)
恋の、答え。
『と、ある日の すごくふしぎ』 宮崎夏次系|SFマガジンで連載していた7年間分の短編を収録した作品集。ささやかな超能力を持つ少女、自分の焼き物を割り続ける陶芸家、亀とラブシーンを撮った少女などといった不思議な人々の日常が描かれている。早川書房/900円。

カルチャー好きから絶大な支持を誇るマンガ家の新作を塩塚モエカが読んでみた。

 私はどこにいてもすぐしゃがんでしまう。椅子の上、電車を待つホーム、屋外にテーブルのある立ち飲み屋。腰が弱いこと以外にも多分、しゃがんで膝を抱えると、わがままなまま守られている感じがするのだと思う。20代も半ば、不本意に大人になってしまったけれど、本当はいつも守ってくれるものが欲しいし思いっきり駄々をこねたい。

 宮崎夏次系さんの漫画を読むとき、私はしゃがんでいるのと近い気持ちになる。知らぬ間にひねくれた心が、あちこち自由に動き回るのが許されたようで安心するのだ。宮崎さんの作品の世界は、毎日の景色のすごく近くにあるパラレルワールドみたいだ。特に短編集は、一冊の中にたくさんの「あったかもしれない異次元」が詰まっていて、その妙な壮大さがチャーミングで好きだ。ちょっと疲れたときにページを開くと、そこで描かれる世界ではいつも爽やかな大爆発が起こっている。それはもう「年老いたおばあちゃんが突然高速スピンする」みたいな、論理を超越した、脈絡はないが自由な爆発なので、便乗して私も駄々をこねる。そしてその大爆発はさらに、なんとなく言葉にならない絶妙なきもちを的確に描き出し、ストーリーをより特別にする。

 今回の『と、ある日のすごくふしぎ』は今までの短編集に比べて一話分のページ数が圧倒的に少ない。リズムよく読み進んでいけるが、だからと言って一つ一つの内容が薄まることがないのが不思議だ。それどころか、大爆発に包まれて散々駄々をこねた私は、各話の最後に「ま、いいか」と妙にスッキリした気持ちになっている。登場人物はいつも淡々としていて、変に読者を励ましたり、無理したりしない。そうした彼らの傍らだからこそ、安心して心ゆくまで小さくしゃがみこむことができたのかもしれない。この本が本棚にあるだけで私は秘密兵器と優しいお守りを一緒に手にしていられる。そしてページをめくれば、窮屈な世界でもしゃがんでいったん休憩できるのだ。

塩塚さんが選んだ、好きなコマ。

環境に良いことが正しい!  昔は良かった、と正論を語るおじさんをほぼ無視し、その環境が当たり前でハッピーに遊ぶギャル(?)たち。普段、いろいろと抱えている疑問やプレッシャーから、すっと解放してくれるシーンでした。

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しおづか・もえか

1996年生まれ。ミュージシャン。羊文学のギターボーカル。12月9日にメジャーデビューアルバム『POWERS』をリリース予定。

text/
Moeka Shiozuka

本記事は雑誌BRUTUS926号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は926号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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恋の、答え。(2020.10.15発行)

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