エンターテインメント

天才・会田誠のノワール魂を知る。

滝本誠のCAFÉ NOIR

No. 925(2020.10.01発行)
いつでも! おいしい酒場。

 その昔、つまり学生の頃、アメリカの評論家、作家のスーザン・ソンタグには、〈キャンプ〉というあたらしい悪趣味すれすれの美の処方を教えられた(評論集『反解釈』収録)。

 2002年にフィリップ・モリス賞の審査委員長として来日したとき、初めて生身のソンタグに遭遇した。想像以上に高身長の女性で頑丈な骨格が威嚇的であった。癌闘病とか評論を通じて知ってはいたが、2年後の病死は早すぎた。自分が国際フォーラムの展示ホールでの内覧の場になぜいたのか忘れたが、応募作品に人だかりがして笑い声が上がっている一角があり、近寄ってみるとビデオ作品であるらしく、一人の女性にしばかれ逃げ惑う情けない男が映っている。TANYという女性アーティストの、《昔の男に捧げる》というタイトルの作品だった。情けない男を演じていたのが会田誠氏であった。演じていたのではない、〈昔の男〉とは会田氏であり、映像のなかのしばきの感情は本物だったのである。別れた女の依頼にこたえて出演という、双方、開き直っての笑いへの昇華に胸うたれた。というより、だれもがシアワセになる療法映像である。ソンタグといえば、会田氏の〈スーザン・忖度〉という半笑いのアイデアは、その後うまく作品として着地したのだろうか?

 会田誠を知るためのものとして、美術雑誌『プリンツ21』(2004年秋号)の特集は欠かせない。とにかく〈鬼子〉の息子を語る京大出、新潟大学名誉教授の老親=彰氏の、困惑を楽しむかのような寄稿文は必読。

 美術の受験予備校生を主人公にした会田誠の小説『げいさい』(文藝春秋)に描かれたドロドロにノワールすら感じてしまった。いや、実際、画家志望の若者を待ち受ける現実は昔も今も酷薄なノワールそのもの。

かぎりなく自分をロール・モデルにしつつ、巧妙に虚実の皮膜にペイントしてみせた『げいさい』の登場人物を通して、導入されて以降の近代から現代の日本の油画教育の問題性、後進性のすべてをわれわれは学ぶことになる。そうした予備校の受験絵画の後進性を逆手にとって、〈少女〉で突破した天才というしかない存在が会田誠なのだ。

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たきもと・まこと

東京藝術大学卒業後、編集者に。著書に『映画の乳首、絵画の腓 AC 2017』(幻戯書房)。

本記事は雑誌BRUTUS925号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は925号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.925
いつでも! おいしい酒場。(2020.10.01発行)

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