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村上春樹が新訳を手がける『心は孤独な狩人』が待望の刊行!

BRUTUSCOPE

No. 925(2020.10.01発行)
いつでも! おいしい酒場。
カーソン・ マッカラーズ (Photo by Getty Images)

カーソン・マッカラーズの筆致が、息を吹き返す。

 アメリカの文学史において、ウィリアム・フォークナーを代表とする「南部ゴシック」と呼ばれるジャンルが存在するが、このシーンは、フラナリー・オコナーやユードラ・ウェルティなど多くの優れた女性作家を輩出したことでも知られる。その一人がカーソン・マッカラーズだ。

 彼女の小説はかつて日本でもよく読まれていたが、残念ながら書店の棚から姿を消した一時期があった。その状況に風穴を開けたのが、『結婚式のメンバー』の村上春樹による新訳の登場だった。それから若い文学好きの間でもマッカラーズは知られるようになったが、村上が彼女の代表作と認める『心は孤独な狩人』が、やはり村上の訳でこのほどいよいよ刊行されたのだ。

 この作品は、まだ大恐慌の嵐が吹き荒れる1930年代の南部のとあるスモールタウンを舞台に、聾唖者のシンガー、カフェを営むビフ、流れ者のブライアント、音楽好きの少女ミック、黒人医師のコープランドの5人の孤独な人々の魂の触れ合いを描いた群像劇である。彼らはこの息の詰まるような田舎町で、それぞれ報われぬ夢や欲望や希望を抱きながら生きているのだが、たとえそれが挫折や絶望に終ろうとも、マッカラーズの濃密な描写と仮借のない文体によって描き出される、彼らが切実にそれを希求し人と交わろうとする姿は途方もなく美しく、読む者は胸を打たれるのだ。

 筆者は映画化された『愛すれど心さびしく』を観た後、原作を読んだ世代のせいか、どうしてもシンガーを主役に見立てた読み方をしてしまうのだが、『結婚式のメンバー』から入った読者は、その主人公のフランキー同様、マッカラーズの分身とも言うべき、どこかジェンダーを超越したところのあるミックにフォーカスした読み方もできるだろう。当時の閉鎖的な社会との軋轢の中で悪戦苦闘しながらも、自分の生き方を純粋に貫こうとするミックに励まされる女性も多いのではないだろうか。

村上訳で読む、マッカラーズ作品!

『結婚式のメンバー』

村上春樹と柴田元幸による「村上柴田翻訳堂」の企画で、村上訳により文庫化されたマッカラーズの長編3作目。12歳の多感な少女フランキーのひと夏を描く。新潮社/590円。

『心は孤独な狩人』

マッカラーズが23歳の時に書いた長編デビュー作。映画化された『愛すれど心さびしく』では、シンガーをアラン・アーキン、ミックをソンドラ・ロックが演じた。新潮社/2,500円。

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カーソン・マッカラーズ

アメリカの女性作家(1917〜1967)。ジョージア州に生まれ、南部を舞台に孤独な人々を描いた優れた小説を書き残した。代表作に、『心は孤独な狩人』『黄金の眼に映るもの』『結婚式のメンバー』『悲しき酒場の唄(悲しきカフェのバラード)』。

text/
Mikado Koyanagi

本記事は雑誌BRUTUS925号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は925号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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