ファッション

アダプティブであるということ。

 

No. 924(2020.09.15発行)
必要な服だけを。
(1)©David Kerr

多様性が求められるファッションシーンにおいて、さまざまな個性を持つ人に“adapt(適応)”する服作りの意識が高まっている。体形に応じたサイジング、そして本特集で取り上げる障がい者のニーズを満たす服。作り手と当事者の両視点から、その現在地を学ぶ。

アダプティブファッションとは……?

慢性疾患や障がいのある人たち(1)が抱える服の悩みや困り事を一つずつ解消するのが、アダプティブファッションの役割。座った状態が基本姿勢の車椅子ユーザー(2)や、ボタンやジップでの着脱が難しい肢体不自由者(3)など、ハンディキャップに応じた機能や仕様をゼロから設計。これまで置き去りにされてきたニーズに応える新たな試みだ。

新市場に投資する、ブランドの取り組み。

短期支援は過去に例があるが、長期の事業計画として、いち早く新市場に挑んだ〈トミー ヒルフィガー〉(4, 5)。2016年、障がい児向けのコレクションを発表し、後に大人向けのウェアまで拡大。日本では、18年に〈ユナイテッドアローズ〉が、車椅子ユーザーと健常者の両者にとって理想的な機能ウェアを開発(6)。“チャレンジの輪”が広がっている。

(6)〈ユナイテッドアローズ〉

世界のファッションアイコンたち。

ランウェイこそ、まさに時代の象徴。8頭身のモデルだけのステージだった場所を、今では義足や義手、車椅子のミューズたちが闊歩する。2014年、〈ディーゼル〉のキャンペーンモデルを務めたジリアン・メルカード(7)、四肢欠損モデルの道を切り開いた、シャホリー・アイヤーズ(8)や、故ママ・カックス(9)も、そのなかの一人。

ファッション史上初の試みが、続々と。

NYファッション・ウィーク2019 A/Wの期間中に行われた、障がい者による、当事者のためのファッションショー『ランウェイ・オブ・ドリームス』(10)や、H&Mジャパンのサポートで実施された、知的障がい児に着こなしをレクチャーする『みだしなみクラブ』(11, 12)など、ファッションに垣根がないことを発信するイベントが各地で開催されている。

(10)『ランウェイ・オブ・ドリームス』 ©Gettyimages

音楽やアートの分野から打ち壊す、アダプティブの価値観。

ステージで脚光を浴びるポップミュージックや、受け手に解釈を委ねるアートの分野からも“アダプティブ”にアプローチする者たちがいる。幾何学的なデザインの義足でパフォーマンスする、英国のシンガー、ヴィクトリア・モデスタ(13)。2020年木村伊兵衛写真賞を受賞した片山真理は、両足を失った自らの身体を被写体とする作品で知られる(14)。

(13)ヴィクトリア・モデスタ ©courtesy of Viktoria Modesta
(14)片山真理 you're mine #001, 2014 ©Mari Katayama.

まだ道半ば、すべての人に アダプトする服作り。

 WHO(世界保健機関)によれば、世界中で10億人超が、障がいとともに暮らしているといわれている。これは地球の全人口の約15%。そう聞くと、アダプティブファッションが、ごく一部のマイノリティだけに向けられたものではないことがよくわかる。朝目覚めて、気に入った服に袖を通す。そんな当たり前のことが、障がい者にとっては毎日の悩みの種になっているという。いかに潜在的な需要のある分野であったかは、もはや明白だ。

 そんななか、この分野で先頭を走っているのが、〈トミー ヒルフィガー〉だ。デザイナー自身が、自閉症の子供を育てる当事者であることがきっかけとなり、2016年にアダプティブファッション市場に参入した。ほかにも、〈ナイキ〉や、カナダ発の車椅子向けブランド〈IZ Adaptive〉などが、長期的な事業計画のもと、障がい者向けのコレクションを展開している。どのブランドも、ニーズの異なるそれぞれの身体的な特徴に応じたコンポーネントが考え抜かれている。例えば、車椅子ユーザー向けのパンツは、座っている基本姿勢の時に、生地の無駄なたまりができないように股上とヒップの深さが調整されている。肢体不自由者向けのシャツは、ボタンを着脱しやすいマグネット式に変更。またスエットは割烹着のように背中に切り込みを入れてベルクロ式にすることで、両手が上がらない人でも簡単に袖を通せる仕様に。そういった機能面に特化したアイテム開発が多いなか、〈ユナイテッドアローズ〉は着る人の精神面にも配慮が行き届いた斬新なアプローチが目を見張る。車椅子ユーザー向けでありながらも専用ではない、あくまでも健常者も着やすい、両者にメリットがあるようにデザインされたウェアを展開。身に着けることで、障がいがあることを周りに示す“ネガティブな印(マーク)”にならないように、できるだけ多くの人が着られる設計を意識したという。アダプティブファッションという言葉が定義されて、まだ10年ほどと短いが、心身ともに不自由を感じさせないもの作りを目標に、それぞれ試行錯誤が続いている。

 アダプティブファッションを語るうえでもう一つ欠かせないのが、同時期に、社会に浸透した“ダイバーシティ(多様性)”という価値観だ。それが相乗効果を生み、マイノリティの悩みや不満の一つ一つに耳を傾けようとする意識が、一段と高まった。その影響は、ランウェイを歩くモデルたちが、人種や体形、ジェンダーにとらわれない多様な人々になってきたことにも表れている。ニューヨーク・ファッション・ウィーク2019 A/Wでは、世界で初めて、アダプティブクロージングに特化したショー『ランウェイ・オブ・ドリームス』が開催され、子供から大人まで、モデルは全員が当事者。そして、彼らは驚くほど堂々と、ポーズを決めた。それまで一人ではボタンが留められず、またパンツが穿けなかった子供たちが、できなかったことを克服し、自信を育んでいたという。そういった心への作用があるのも、この服の大きな力だ。

 まだまだ発展途上ではあるが、ここで生まれた発想が、次は一般ユーザーに落ちてくるかもしれない。さらに障がい者向けという枠を超えて健常者にも不自由ない、新時代の既製服になる可能性もあり得る。これから変化し得る、“adapt(適応)”という言葉の本質を理解するには、やはり当事者の肉声に耳を傾けることが大切だろう。そこで、車椅子で生活を送るファッションライター、徳永啓太さんの目線で“アダプティブファッション”に対する本音を語ってもらった。

ファッションとは、自分をさらけ出し、なりたい自分になる、そして自由であること。(文・徳永啓太)

「障がい」とは何か。それは決められたルールから外れることで不具合が生じ、本人が生きづらさを感じるところにある。その点、ファッションには決められたルールそのものがない。ある種、ファッションには「障がい」という概念は存在しないのではないだろうか。

“アダプティブファッション”という言葉を5年ほど前からよく耳にするが、その概念自体は昔から存在し、私が知ったのは15年前のこと。当時、日本で初めて車椅子ユーザー向けに穿きやすく改良されたジーンズが発売された。まだ“アダプティブファッション”という言葉は無かったが、高齢者や障がい者など服を着る行為が困難な方が着やすいように改良された衣類を目にするたびに、マイノリティな身体の人がマジョリティの着ている服に“アダプト”させることを許容されているような一方的な流れがあるように感じている。この流れは、今では“トレンド”として新時代のキーワードになっている。

 トレンド=流行りの服を着ている人はイケてる。だから、みんなと同じ服が着たいという気持ちはよく分かる。私自身、20歳頃までは「ファッションとは、トレンドに合わせるもの」という固定観念があった。しかし、ストリートスナップ誌『FRUiTS』『TUNE』と出合い、ルールに縛られない自由な自己表現を目にして稲妻が走るような衝撃を受けた。当時通っていた地元、愛媛のセレクトショップのオーナーから「車椅子、かっこいいね!」と声をかけられた。まるで車椅子を靴と同じような感覚でひとつの個性として捉えており、ファッションの器の大きさのようなものを感じた。これを機に私も価値観が変わり、以来、トレンドを重視することをやめて、車椅子も含めた体に似合う服を選ぶようになった。たとえば、人の視線が集まる上半身にデザインのある服を選んだり、車椅子に座ったときにシルエットがきれいに見えるアウターの丈感が、今では私のスタイルになっている。

 多様性を求められる現代社会において、トレンドに合わせて自分を変えること自体が時代遅れだとも思う。決められた型が存在するなら、それから外れた人は自分を責めることになってしまう。もっと痩せていたら、もっと背丈が高ければ、と皆同じような悩みを抱え、「障がい」を持つ当事者になってしまえば、その疎外感からファッションに対して壁を作ってしまうだろう。だったらトレンドを気にせず、自分の身体と向き合い、自分が心地よいと思えるスタイルを見つけていくことの方がよっぽど健康的だ。

 ビリー・アイリッシュはオーバーサイズのシャツやパーカーを纏い、上下スエットとラフなスタイルでファッション界でもアイコニックな存在になっている。女性がボディラインを強調する従来の美しさとはかけ離れた装いだが、そこに若者から支持を得るスタイルがある。また同時に、スエットはダサいという価値観すらも覆った。これは、車椅子ユーザーである私にとっても、柔らかくて動きやすいスエットでカッコつけられるのはめちゃくちゃ最高な環境だ。前文で記したのはごく一例だが、誰でも自己表現を発信できるSNS時代において、たった一人の自由なスタイルが世界を巻き込む可能性があると私は信じている。どんな格好でもこだわることがスタイル作りには重要なこと。義足の人が着やすい服より、義足を含めてカッコ良く見えるスタイルを求めるべき。車椅子ユーザーが着やすい服より、車椅子も含めて美しく見えるスタイルがきっとある。機能的に着やすいものだけではなく、当事者が創造力を持って自分らしさを見つけて発信していくことも、ひとつのファッションにアダプトすることではないか。私は、そう思う。

義足のソケット部分にも持ち主の個性が表れる。
当時は名もなきローレン・ワッサー(写真右)。今は資生堂のグローバル広告を飾るトップモデル。
リオ五輪閉会式に出演し、世界にも知られた邦人義足モデル、GIMICO。
米国誌『OBVIOUS Magazine』編集長、ジェリス・モーグルも当事者。
豪州のチャリティフェス『Ability Fest』より。 ©Gettyimages
ライフスタイルブランド〈Women's Best〉では、 世代、国籍、体形の異なるモデルを広告に起用。
〈シュプリーム〉のステッカーを貼ったステッキを相棒に狩猟もこなす。
車椅子ダンサーの花嫁と息を合わせて踊るウェディングのワンシーン。
肢体不自由者用の電動アシスト付きマウンテンバイクで悪路を滑走!
サーフィン、スノボなど、Xスポーツにおいても、もはや垣根はない。
使わなくなった〈ルイ・ヴィトン〉のバッグを解体し、カスタマイズ。 ©aflo
日々、トラッドな装いをインスタグラムで公開中。@mrlevino
グレーのスーツで揃えた、米・車椅子バスケットボール代表チーム。
障がい者を被写体にした、チェコの写真家による作品「Life is good!」 シリーズから。 ©David Tesinsky
義足マラソン界の英雄として語り継がれるテリー・フォックスの勇姿。 ©aflo
両手でプッシュし、軽々とトリックをキメる。
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edit/
Keiichiro Miyata
coordination/
Milena Nomura

本記事は雑誌BRUTUS924号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は924号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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必要な服だけを。(2020.09.15発行)

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