エンターテインメント

大崎清夏と読む、今を生きる詩人たち。

BRUTUSCOPE

No. 924(2020.09.15発行)
必要な服だけを。
大崎清夏

かつては聞こえてこなかった声を拾い、届ける。詩の現在地とは?

 こと現代詩と聞くと、難解でとっつきにくいイメージがつきまとうもの。しかし、既存の作り方にとらわれない自由さがあったり、強いメッセージ性があったり、音楽のような色鮮やかさがあったり。今、20〜30代の詩人たちを中心にした言葉の表現が世界中で豊かに花開いている。欧米や中南米、アジアなど世界各国の詩祭へ参加してきた詩人の大崎清夏と、その現在地を考えてみたい。

 大崎いわく、今の気鋭の詩人たちに共通するのは、作品を通して今まで聞こえなかった声を伝えていることだという。

「10年ほど前まで、日本の現代詩シーンでは自己の内面にぐっとフォーカスした詩が主流だったんです。でも最近は、社会と自分が切り離せない関係であることを理解したうえで、人々の気持ちを代弁するような詩が広く支持されるようになっている気がします。例えば最果タヒさんもそう。言葉によって差した光が誰かに届けば、自分は存在しなくてもいい、という感じが作品からしていて。一つの潮流なのかもしれません」

 中でも斬新な手法で牽引するのが、言葉の表現を拡張する試みを続けるアートユニット〈TOLTA〉のメンバーで詩人の山田亮太。例えば彼の作品のなかに、再開発前の宮下公園に散らばっていた“皆様のフットサル場です。大切に使いましょう。”や、“忘れ物・落し物にご注意ください”という言葉を採取し再構成したものがある。作り方のユニークさはもちろん、矛盾だらけの言葉の羅列を「みんなの宮下公園」と名づけ、思い思いに解釈できる余白を持つ、普遍的な詩作に仕上げたことが特筆すべき部分だ。

「彼は、優れた詩人がゼロから生み出すものではなく、世界に溢れている声を拾うことが詩を作ることだと考えています。“声の構成力だけで十分力強い詩になる”と。そこにすごく共感していて。SNSによって言葉を気軽に発信できるようになった一方、直接的で暴力的な文脈から逃れられず辛くなることがありますよね。でもこんな詩の存在を知っているだけで、言葉の見方も変わるし、攻撃的な言葉に抗う道具にもなると思います」

 一方世界では、強いメッセージ性でこれまで聞こえなかった声を届け続ける、LGBTQや障害者、黒人、移民などのマイノリティの詩人たちが続々と登場している。例えばキューバ出身の女性詩人、ケティ・ブランコもその一人。

「エクアドルの詩祭で出会った時に彼女と交わしたのは、子供は欲しいかどうか、結婚はしたいかどうかなど、キューバ人と話しているのを忘れるほど普遍的な会話(笑)。だから詩にも今を生きる普通の女の子の感情が表れています。一方で、資本主義から置いてけぼりを食う特殊な環境ゆえの閉塞感も見え隠れする。そこに惹きつけられますね」

 所を変えてアメリカでは、新しい移民の世代に注目が集まっている。例えば、ウクライナ出身の移民、イリヤ・カミンスキー。新進作家にとっての栄誉であるプッシュカート賞をはじめ、数々の賞を獲得してきた気鋭だ。

「彼は移民であると同時に、幼い頃に聴力の大半を失っています。つまり彼の詩は、アメリカという国の話であり、ルーツとなっている旧ソ連圏の話であり、耳の聞こえない世界の話でもあるということ。言葉の一つ一つが強くて普遍的で、境遇は違えど心に突き刺さります」

 そして詩は、朗読による声の文化でもある。音楽のように豊かに、メディアでは伝えられないアフリカのリアルを発信するのが、コンゴ民主共和国をルーツに持つフィストン・ムワンザ・ムジラ。

「2019年のロッテルダム国際詩祭で出会いました。彼はとにかく語りの力が素晴らしい。聞けば、ジャズの素養もあるらしく、詩祭では圧巻の朗読で聴衆を沸かせました。間違った思い込みから、アフリカは悲惨で可哀想な場所だと見てしまうけれど、力強く楽しそうに言葉を届ける姿を見ると、個人の生を見ることの重要性を痛感します。詩自体もコンゴの実情を捉えながら民話的な語り口も見られて、これまた非常に独特です」

 大崎が世界の詩祭を巡る中で感じたのは、日本は特に詩の世界と小説の世界が離れていること。

「例えば中南米を含むスペイン語圏って、詩を大事にする文化なんです。頻繁に開催される朗読会に老若男女がひっきりなしに出入りするし、音楽と同じように詩も人々の体の中に入っていて。日本でももっと接点が増えればいいですよね」

 片や、SNSが普及する中、詩を発信したり、詩に触れたりする機会が身近になっていることは嬉しいとする大崎。改めて詩の魅力を次のように話す。

「詩って、Google Earthで個人にピンを立ててズームアップするみたいに、遠い土地にピンポイントで焦点を当てて、人の内面、周りの環境、そして社会すら覗けるもの。そこがすごく面白いですよね。海外の詩人は朗読動画をいろいろとYouTubeに上げていますし(自動翻訳の字幕機能が便利)、片鱗を知るだけでも、十分に伝わるものはあると思います」

今押さえておきたい世界の気鋭詩人たち。

【 USA 】

オーシャン・ヴォン 『真っすぐ瑞々しくルーツに向き合う。』
1988年生まれ。右のデビュー詩集が話題のベトナム系移民。「学校すら通えなかった複雑な過去に真っすぐに向き合った作品」。詩誌『て、わた し』第2号で一部訳出。

パトリシア・ロックウッド 『ユニークな言葉遊びで悲惨さも軽やかに。』
1982年生まれ。「『Rape Joke=レイプばなし』という詩の、悲惨な経験すらも言葉遊びを交えてユーモラスに語る力強さに感服」。詩誌『びーぐる』にて2作を訳出。

イリヤ・カミンスキー 『旧ソ連時代を刻みアメリカの今を生きる。』
1977年生まれ。ウクライナに生まれ、渡米。「右の詩集の、"We Lived Happily during the War(=戦争の間も、私たちは幸せに過ごしていた)"という冒頭の言葉から、ハッとさせられる」。詩誌『て、わた し』第5号にて一部作品を訳出。

【 CUBA 】

ケティ・ブランコ 『等身大の心境と見え隠れする閉塞感。』
1984年生まれ。ハバナの出版社に勤める傍ら、執筆を続ける。「彼女は日本に憧れを持っているそうで、右の詩集には、アラーキー(荒木経惟)や歌舞伎が登場する詩も掲載。親近感も湧く」。詩誌『びーぐる』で数作を訳出。

【 DOMINICAN REPUBLIC 】

ローリステリー・ペーニャ・ソラーノ 『女性であり黒人。怒りすら美しく表現。』
1989年生まれ。「本人の底抜けな明るさとは対照的に、詩のたぎるような社会への怒りが印象的」。詩誌『て、わた し』第6号にて一部訳出。

【 CHINA 】

ヂェン・シャオキョン 『工場労働の経験を紡ぐシャープな言葉たち。』
1980年生まれ。南昌市での苦しい工場労働の経験をもとにした詩作を多く発表。「ニュースで見えない中国の現実が覗ける」。ロッテルダム国際詩祭HPに英訳版が掲載。

【 JAPAN 】

マーサ・ナカムラ 『奇妙な民話世界をあたらしく描く。』
1990年生まれ。右の『狸の匣』(思潮社)で中原中也賞を受賞。日本の民話的世界が現代風に描かれている。「どこか懐かしさ漂う異世界を彷徨う"わたし=自己"の語りの声に、日本語話者ならきっとムズムズするはず」

山田亮太(TOLTA) 『実験的な手法で詩の常識を覆す。』
1982年生まれ。『オバマ・グーグル』(思潮社)は「みんなの宮下公園」のほか、ウィキペディアの引用による詩「現代詩ウィキぺディアパレード」など、斬新な作品が並ぶ。「現代詩の文脈にとどまらず、広く読まれてほしい詩人」

【 DEMOCRATIC REPUBLIC OF THE CONGO 】

フィストン・ムワンザ・ムジラ 『アフリカリアルを力強く狂気的に。』
1981年生まれ。フランス語を軸に6言語を操り、コンゴの今を伝える。「『僕のカクのためのカサラ』という詩には(Laughter=笑い)と表記があり、朗読時にただ笑い続ける部分がある。少し怖いほど独特」。詩誌『びーぐる』で一部訳出。

【 THE NETHERLANDS 】

リーケ・マルスマン 『癌の実体験をMRIの無機質さに乗せて。』
1990年生まれ。右の詩集の多くの作品が、MRIの自動音声「次のスキャンはX分間続きます」をタイトルに自身の癌の体験を表している。詩誌『びーぐる』にて一部訳出。

【 GERMANY 】

ノラ・ゴムリンガー 『詩=声の文化を体現する稀代のパフォーマー。』
1980年生まれ。「キャリアのスタートがダンサーで、詩人として活躍する今も朗読を通して人を引き込むパフォーマンスが上手」。YouTubeでは朗読動画も観賞可能。

日本で世界の詩人をキャッチするには?

世界各国で年々登場する面白い詩人たち。いち早くキャッチしたいなら、インディペンデントな詩誌を覗くのはどうだろうか。詩誌『て、わた し』は、詩人たちの手で翻訳された海外の詩と関連する日本の詩を対で紹介するという試みを続けている。各国で今鮮烈な表現を続ける詩人たちが翻訳付きで紹介されるので、注目を。また、詩人たちによるオススメの海外詩人が紹介されている、季刊の詩誌『びーぐる』の「海外詩紹介」の連載に目を通すのも一つだ。そしてもちろんSNSやYouTubeなどを通じて詩人たちによる直接の発信を追いかけるのもあり。宝探しのように掘れば、お気に入りの詩人が見つかるかも。

大崎も参加した『閑散として、きょうの街はひときわあかるい』(TOLTA)。感染者数、死者数など、コロナ禍で際立った「数字」をテーマに、12人の詩人たちから集めた文を再構成。

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おおさき・さやか

1982年神奈川県生まれ。詩集に『指差すことができない』(第19回中原中也賞受賞)など。ロッテルダム国際詩祭をはじめ、キューバ中国など各国の詩祭に招聘。

photo/
Aya Kawachi
text/
Emi Fukushima

本記事は雑誌BRUTUS924号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は924号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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