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山本貴光 × 佐藤亜沙美|本と読み手との対話を追って、マルジナリアの世界へ。

BRUTUSCOPE

No. 924(2020.09.15発行)
必要な服だけを。
山本貴光(左) 佐藤亜沙美(右)

書物の妖精か? 魔人か? 5万冊の本と暮らす山本貴光さんの新刊が完成!

本を読み、本と対話し、文字や記号や図を書く。余白への書き込み=マルジナリアというインタラクティブな読書の楽しさについて、山本貴光さんとブックデザイナー佐藤亜沙美さんが語り合う。

佐藤亜沙美
『マルジナリアでつかまえて』は、『本の雑誌』の連載でときどき拝読していました。
山本貴光
ありがとうございます。今日は本をデザインされるお立場からの意見を色々伺わせていただけたら嬉しいです。佐藤さんは、本を読むときに書き込みはなさいますか?
佐藤
本は神聖な、汚してはいけないものという印象があって、書き込みはしていませんでした。装丁家の祖父江慎さんに、本は磨耗してもよいものだと教わって考えが変わり、この本を読んで本に手を加えることの罪悪感から解放されました。山本さんにとってマルジナリアというのは、既製品を有機的なものに変えるような作業なんですか?
山本
おっしゃる通りで、文章が目から入り、読むことで頭に考えが浮かび、手で書くことで出力される。ペンを持たないと本が読めないなんて、どんな戯言かと言われてしまうかもしれませんが、こういった接触を経ることで、内容だけでなく本自体が自分のものになっていくんです。
佐藤
私の場合、デザインの依頼をいただいたらまず原稿を読んで仕様書を作るのですが、造本プランを練り仕様書にまとめるところまで、手で書き、描くことで、自分の考えを発見し、まとめていく感じです。具体的にはどんなことを書き込まれるんですか?
山本
言葉の意味や文章の書き換え、参照すべき事項などを書き出す一方で、およそ本の内容には関係がないように見えることや、感想、疑問も書きます。マルジナリアとして書き込むことが、間違っているのか正しいのか、というのはその時点では気にしません。本に書かれているものと自分の経験との組み合わせから生じるものをピンで刺しておくようなイメージでしょうか。
佐藤
本の内容を一方的に受け取るのではなくて、本とコミュニケーションをとりながら読まれるんですね。本にツッコミを入れたり、反発や反論をされたり、というくだりも新鮮でした。ご自身の書き込みを時間が経ってからご覧になることも?
山本
あります。軒並み恥ずかしいです(笑)。人間が変化し続けるのに対して本はずっと変わらずにいてくれる、10年なら10年、それだけ昔の自分を保存しておいてくれるタイムカプセルのようなものだと思っています。文章とマルジナリアが隣り合って置かれて、いつでも見返すことができる、本というのは本当に優れたメディアですよね。
佐藤
単行本のデザイン、非常にかっこいいですね。著者としてご要望は出されたんですか?
山本
装丁家の有山達也さんと岩渕恵子さんにお任せしました。でも、マルジナリアという本のテーマに合わせて、ページの余白を大きく取ってくださったのだそうです。
佐藤
カバーと折り返した袖の部分も活版印刷で、著者プロフィールまで活版で と痺れました。デザインや文字組みの点からいうと、拝見する前は、本文の版面がやや上に置かれているのではないかと予想していたんです。昔のヨーロッパの本などに顕著ですけれど、高尚な学問の言葉はページ上方に刷られているイメージがあって。でも、マルジナリアという知的な行為について書かれながら、山本さんの文章は読者に負荷をかけない開かれたもので、あぁ、だからこそこのデザインなんだ、と読んで納得しました。
山本
読む体験を設計されている方ならではの視点ですね。ちなみにヨーロッパの昔の本の版面はですね、という話は長くなるのでまたにしましょう(笑)。余白への書き込みについてはデザイン時に想定されてらっしゃいますか?
佐藤
考えたこともありませんでした 電車などで本を手に持って読まれる方も多いので、指で文字が隠れて読みにくくならないように、という意識はあります。縦書き、横書き、文字組み、余白の取り方など、どんな形で文章を紙に定着させるか。それが読書の体験を左右する要素にもなり得るので、緊張感を持って設計はしています。
山本
佐藤さんがデザインを手がけられている文芸誌『文藝』では、読み手が今どこにいるかを把握するためのガイドや工夫が随所に、しかも読むことを邪魔しない形で配されていますね。様々なものがコンパイルされた一冊の中でレイアウトにも動きがあって、ケーキ屋さんのショーケースを眺めているような嬉しさを感じます。
佐藤
ありがとうございます。どこかざらざらとした手触りと一緒に文章が入ってとどまるような状態を作りたいと考えて作っています。書き込みをすることでそこにさらなる凹凸を生み出していただけたら。マルジナリア、私もぜひ実践してみたいと思っているんですが、この道を進むといつかペンがないと読めない体になってしまうんでしょうか……。
山本
いえいえ、そこまで行ってしまうともはや病というかなんというか(笑)。でもご興味を持ってくださったなら、ぜひ試してみてください。

『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』

常軌を逸した本読みとして知られる著者は本に書き込みをするマルジナリアンでもあった。夏目漱石、石井桃子、デリダに著者自身によるものまで、本に施された魔改造の軌跡をたっぷり収録。軽やかな優しさをまとった文章と、不思議がまぶされたビジュアルが目に楽しい。『本の雑誌』連載の単行本化第1弾。本の雑誌社/2,000円。

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やまもと・たかみつ

1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。プログラム、ゲーム、文学、哲学、AIなどをテーマに執筆。『文学問題(F+f)+』『投壜通信』など著書多数。

さとう・あさみ

1982年生まれ。ブックデザイナー。〈コズフィッシュ〉勤務を経て独立。手がけたものに『雑誌の人格 3冊目』『ど忘れ書道』『沈没家族』など。

photo/
Tomo Ishiwatari
edit&text/
Hikari Torisawa

本記事は雑誌BRUTUS924号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は924号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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必要な服だけを。(2020.09.15発行)

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