ファッション

自分が当事者になっていくことですよ。丨栗野宏文●ユナイテッドアローズ クリエイティブディレクション担当 上級顧問

 

No. 924(2020.09.15発行)
必要な服だけを。

「現状況下では不要不急と言われることが多いファッションですが、それを生活から奪われることは人の尊厳に大きく関わることだと思うんです。例えば、自粛期間中、外出の機会が減り、Tシャツと短パンがあればいいと感じていた人も多くいたようです。たしかに、生きる道具として服を捉えたときには、それで問題はないでしょう。ただ、自己表現や日々の気持ちのスイッチを入れるものとして真剣に向き合うと、服をおざなりにすることで、どこか自分を見失ったかのような喪失感が湧いてくる。改めて、ファッションの重要性を意識しました。一方、それを供給するうえで、多くの課題があるのも事実です。(まだ海外は)ロックダウン中の5月に、ドリス・ヴァン・ノッテン氏から、“コレクションの店頭販売期間とセール期間を後ろ倒しにし、よりサスティナブルなシステムへと移行させるという提案を公開書簡で発表したい。それに賛同してくれないか”という内容のメールが届きました。私自身、アパレルとしての経済活動自体が社会貢献にならなきゃいけない、ともともと感じていたので、すぐ声明に署名しました。これまでファッション業界の悪しき慣習にとらわれてきたことも含め、今回の出来事を機に、さまざまな分野において多くの問題が可視化されましたが、実は、我々はパンデミック前からずっと当事者だったんですよね。経済優先で見て見ぬフリをしてきた。ただ、今は世界同時に問題を共有するようになって、対岸の出来事も自分事として捉えられるようになっています。まだ完璧とは言えませんが、我々も、この先のファッションを見据えて、障がい者と一緒に楽しめる服の在り方、環境汚染にもつながる商品廃棄問題の解決、服を作るいわゆる後進国の労働環境を考えることなどに関して取り組んでいます。さまざまな国や人たちを介して生まれた服を私たちは着ていますが、着ることが、ある種、世界が抱える問題に対して当事者意識を持つきっかけにもなる。供給する側も、消費する側も、先の変化に適応するには、その意識を失わないことが大切です。ここ最近、“もう少しの我慢”というメッセージをよく耳にしますが、私はその言葉に危機感を覚える。まるで、新型コロナウィルスが終息すれば、過去の生活様式に戻ることを示唆するようなニュアンスに聞こえるから。非日常も常態化すれば、それが新しい日常になるわけで、現在が“これからの当たり前”だと捉えるべきです。せっかく社会全体が変われるチャンスを得たのだから、ここで後戻りはせずに次に進まなければならない。そのためにも、積極的に自分が当事者になっていくことですよ。その一人一人の意識の先に、ファッションや人類の未来があると思う」

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くりの・ひろふみ

1953年生まれ。大学卒業後、程なくして〈ビームス〉入社。89年、〈ユナイテッドアローズ〉の立ち上げに参画。自身のファッション哲学や、社会潮流と服の関係をまとめた著書『モード後の世界』(扶桑社)を8月出版。

photo / Masaru Tatsuki text / Keiichiro Miyata

本記事は雑誌BRUTUS924号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は924号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.924
必要な服だけを。(2020.09.15発行)

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