旅と地域

〈九州〉『阿蘇・高千穂』 火の国阿蘇、神の来し高千穂。 時を経ても揺るがないものを探して。

新・ニッポン観光 5

No. 923(2020.09.01発行)
新・ニッポン観光
阿蘇随一のパワースポットともいわれる、上色見熊野座神社。97基の石灯籠を左右に石段を進むと、1段ごとに自分が森に溶けていく。本殿をさらに奥へと進めば、鬼八法師が蹴破ったといわれる「穿戸岩」がお目見えする。
江戸末期、水不足に悩む白糸台地への配水のために造られた通潤橋。水路に詰まった土砂を吐き出すための、高さ20mから行う放水が圧巻。2016年の熊本地震により中止していたが、今年7月より待ちに待った再開となった。

水がゆくところに、いのちの潤いあり。

阿蘇に阿蘇山という山はない。阿蘇山とは阿蘇五岳や外輪山などを含む総称で、約9万年前の大噴火がカルデラとなって現在の形を成した。その火山灰は北海道にまで積もったという。阿蘇のスケールを感じる逸話だ。時を経ても変わらない何かに身を預けたくて、阿蘇そして高千穂を旅した。



 熊本空港から一路、阿蘇を見渡せる大観峰へ。面前にはカルデラ内の田園風景、遠くにはお釈迦様の寝姿に見える阿蘇五岳(根子岳、高岳、中岳、杵島岳、烏帽子岳)。拝みたくなるようなパノラマが広がっている。

 地中にも思いを馳せてみる。阿蘇一帯は火山灰土壌。火山活動で形成されたすり鉢状の硬い岩盤に火山灰などが堆積し、これらが水を蓄える巨大な水瓶となり、やがて地表へ噴き出してくる。阿蘇には33ヵ所もの水基(湧水)があり、熊本市内の上下水道も阿蘇の水で賄われている。阿蘇は水が豊かといわれる所以だ。

 この豊富な水を、地元の人たちは日々の営みに活用している。例えば、100年以上前に建てられた洋裁学校の木造校舎を使って、白玉を出す〈湧水かんざらしの店・結〉。店舗内でこんこんと水が湧き上がり、流しそうめんもできる。外の日照りが強い夏でも、この一角だけは涼やかだ。

 そして〈滝室窯〉の石田裕哉さん。作陶には大量の水を必要とするが、「このあたりは水道代が月1000円で使い放題なんですよ。水が豊富な証拠でしょうね」と笑う。無料の地区もあるそうだ。南阿蘇では質の良い水を求め農家の移住が急増中とか。

 小国杉など地元の資源に注目し、サステイナブルな商品開発を行う〈FIL〉の穴井里奈さんも、水に注目した。天然のミネラル成分を豊富に含んだ新作のサイダーは、クセがなく、体にすっと染み渡る味わいだ。

 この水脈の一つが、五ヶ瀬川となって、宮崎の高千穂へと流れる。絶景として知られる高千穂峡は、阿蘇の火山活動の火砕流が、五ヶ瀬川の流れに浸食されてできたものだ。

 高千穂は、天照大神の孫である瓊瓊杵尊が天から降り立った、天孫降臨の舞台として知られる。その際に天村雲命は、地上に水がなかったため天にとって返し、水種を移した。これが高千穂峡の真名井の滝の水源となったという。阿蘇の水脈はこうして日本神話と交わり、一帯の風景を神々しく彩っている。

 さて、美しい風景を満喫して深呼吸したら、ぐうとお腹が鳴った。熊本、宮崎は馬肉やあか牛、地鶏と肉類が豊富で美味だが、ここではあえて野菜を推したい。野菜の瑞々しさは土地が持つ水の力でもあるからだ。

 熊本市でオーガニック&ナチュラルを二十数年前から実践し、名店と謳われた〈デーブスレストラン〉〈泥武士〉の元シェフである境眞佐之さんは、6月に市内から離れた西原村で新店〈ar〉の調理を担当。彼いわく、「人の体にとって、一番大事なのが水。私がこの場所でレストランに携わった理由でもあります」。山々に誘われて出た旅は、いつしか水の流れに導かれ、乾いた体を潤してゆくのだった。

南小国でライフスタイルブランド〈FIL〉を営む穴井さん。夫の俊輔さんと小国杉の家具やエッセンシャルオイル等を企画・販売。阿蘇の湧水で仕込む炭酸水《ASODA》は透き通る味わい。
●阿蘇郡南小国町大字満願寺30

キャンプ場の一角にある〈グランピングリゾートASO〉。季節の野菜をふんだんに使った朝食と、シェフのおまかせBBQスタイルの夕食が自慢。
●阿蘇郡南阿蘇村大字久石4411−9

幣立神宮の裏手にひっそりと佇む東水神宮。分水嶺に鎮座し、湧き出づる御神水は五ヶ瀬川の源流の一つ。手前には八大龍王が鎮められたとされる水玉池が。高千穂の聖なる水際。
●上益城郡山都町大野712

震災からの復興が待ち望まれ、2019年に再開した地獄温泉〈すずめの湯〉。火山性温泉ながら、地下水と混ざって適温になる。強酸性で、傷が治りやすい。
●阿蘇郡南阿蘇村河陽2327

型から写し取る繊細な文様が特徴的な、〈滝室窯〉石田さん。
●阿蘇市一の宮町坂梨3031

車道から丸見え「日本一恥ずかしい露天風呂」こと満願寺温泉。
●阿蘇郡南小国町満願寺

阿蘇といえばこの光景。中岳火口に向かう草千里ヶ浜で、のんびり草を食む馬の親子。

熊本空港から20分の距離にある複合施設〈boketto〉。レストラン〈ar〉では、阿蘇・西原村の天然水を特注の浄水器で濾過しすべての料理に使用。
●阿蘇郡西原村布田834−27

龍命泉と呼ばれる水基(湧水)を囲むように腰かけてくつろげる〈湧水かんざらしの店・結〉。白玉が名物。
●阿蘇市一の宮町宮地3204

運が良ければ秋の早朝に一面の雲海を見られる国見ヶ丘展望台。
●高千穂町大字押方

高千穂トンネルには、高千穂の夜神楽の中で人気の「鈿女の舞」「戸取の舞」のレリーフが。

南阿蘇は、田畑に差す夕日が特に美しい。

天孫降臨の地、高千穂の信仰の中心にある高千穂神社。境内には夫婦杉があり縁結びの神様としても有名。
●高千穂町大字三田井1037

名勝・高千穂峡。断崖を抜けて流れるエメラルドグリーンの五ヶ瀬川が深い印象を残す。

廃線になった旧高千穂鉄道の線路をカートで走る〈高千穂あまてらす鉄道〉。大人も楽しめるスリルあり。
●高千穂町大字三田井1425−1

カフェ〈いろは〉名物のかき氷。季節の果物と果汁を大胆に使う、味も見た目もインパクト大の逸品。要予約。
●菊池郡大津町下町231

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photo/
Yoshikazu Shiraki
text/
Wataru Sato

本記事は雑誌BRUTUS923号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は923号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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