エンターテインメント

石原燃『赤い砂を蹴る』

星野概念「精神医学で診る本の診断室」

No. 923(2020.09.01発行)
新・ニッポン観光

嫌だったことを言葉にすると、親を批判することになってしまうけど、たぶん、それが自分を大切にするってことなんだと思う。身内を失った女性2人がブラジルを旅して向き合う過去、社会、複雑な家族の問題。著者デビュー作で芥川賞候補作。文藝春秋/1,400円。

主治医・星野概念 診断結果:身近であるからこそ目をつぶり、抱え込みがちな家族の問題について。

 僕は今年度から救急病棟でも働いています。気持ちの辛さで救急搬送に至る人もいるのです。自分を傷つけざるを得ないとか、この世からいなくなろうと思いつめて行動に至る。そんな人たちと話をします。頻繁に話題になるのが家族関係の話です。親が自分のことをわかっていない、とか、子供に見放されるようなことを言われた、などで大きく傷つき、衝動的に行動してしまったと語る人がいます。救急搬送されるほどの行動をして初めて、じっくり家族で話し合う機会を持つことも多く、それぞれの思いが食い違っていたことがそこでわかったりもします。家族というのはかなり特殊な人間関係です。他人よりもずっと近くにいるのに、理解できない遠い存在のようになってしまったりする。わかり合いたいのに、近すぎて内面の話を丁寧にできないのが日常になってしまっているので、家族のことを考え、思い直すには非日常的な出来事が必要なのかもしれません。本作では、主人公や主人公の周りの人物が、それぞれ身近な家族と死別し、改めてその家族のことを考え、理解を深めていきます。死別は非日常の極みのようなことでとても辛いですが、それまで独特な近さだった家族と、冷静に対話できるような距離をついに築くのかもしれません。主人公は大切な母の死の直前、交わせなかった会話を想像することで、絆を確かめ合います。母と同年代の友人は、晩年介護を要したアルコール依存の夫のことを思い直します。読むうちに、僕も自分の家族に改めて思いを馳せ、なんだか尊い気持ちになりました。読後、しばらく会えていない家族に何となくメールしました。

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ほしの・がいねん

精神科医など。いとうせいこうとの共著に『ラブという薬』『自由というサプリ』がある。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS923号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は923号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.923
新・ニッポン観光(2020.09.01発行)

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