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最優先は“社会を良くすること”で、資本主義はツールでしかない。|武邑光裕 ●メディア美学者

これからの資本主義/ベルリンから

No. 922(2020.08.17発行)
お金、ちゃんと使えてる?

 ビーガンムーブメント、ヒッピーイズム、ハッカー文化  常にオルタナティブな文化を生み出してきたドイツの首都・ベルリンから、グローバル資本主義に対抗する新たな潮流が生まれつつある。新自由主義のもと、市場競争を突き詰めてきた現代の資本主義にはどんな可能性があり得るのだろうか? その変化を間近で見てきたベルリン在住のメディア美学者・武邑光裕さんに話を聞いた。

「今回のパンデミックで、新自由主義は完全に“死”を迎えましたね。例えばイタリアやスペインでは市場経済に委ねられた病院がCOVID−‌19によって機能不全に陥ったことを受け、病院を再び国有化する声が高まっています。以前から欧州連合が主張してきたGAFAのような巨大プラットフォーム企業の国有化もファンタジーではなくなるでしょう。こうした動きは国政資本主義と呼ばれますが、パンデミック後は社会主義をイデオロギーから切り離した“ツール”として活用し、部分的に社会主義的な政策を取り入れる国が増えていくのではないでしょうか。新自由主義の過ちは、“自由”という概念を経済へと組み込んだことだと私は考えています。規制なき“自由”競争によって富裕層に富が集中し、必然的に格差の拡大が生まれてしまう。自由はあくまで個人の精神の中で育まれるものであり、そこから生まれる“野心”が新しいアイデアや利益を生むことで資本主義は正常に機能していくのです」

 貧富の拡大や公共インフラの脆弱化を受け、近年は行きすぎた新自由主義が見直されているが、ベルリンではそのカウンターとなる動きが以前から生まれていた。1999年に民営化された水道事業が市民の反発により2013年に再公営化されたほか、GAFAによる個人情報の寡占を規制すべく2018年に欧州で施行されたGDPR(EU一般データ保護規則)はとりわけベルリンからその声が上がったといわれている。こうした動きは、市民が長年かけて築き上げた独自の文化やマインドから生まれたものだ。

ベルリン市民が水道の再公営化を望んだのは、水が市民にとって重要な共有財の一つだからだ。

「ベルリンは、市民の政治力が非常に強い。毎週のように反GAFAや、ジェントリフィケーション(文化や資本の流入による地価の高騰)を起こそうとする不動産屋を批判するデモが行われている。例えば昨年、私の近所のパン屋がイギリスの大家による家賃の値上げで潰れそうになったときは、地域の人々が何週間もデモを行って最終的にそれを阻止しました。本当に困ったときは地域のコミュニティが助けてくれる実感を持っているし、事実、社会の分断に対する戦いにはみんなが賛同してくれるわけです。地元の議員がデモに参加していることも多く、彼/彼女らは市民の声をすくい上げて自治体や企業と交渉してくれるんです。地域に根ざしたお店が愛されているがゆえに、生粋のベルリン人はグローバルブランドの集まるショッピングモールにも行きませんからね。だからこそ、企業も社会に貢献しなければ消費者から支持されないことを常に意識している。元を辿れば冷戦時代、東ベルリンではシュタージという秘密警察が街中を見回り市民の活動を監視していました。当時の負の記憶が、今のベルリンの人々の、大企業による監視や生活への介入を強く拒む姿勢へとつながっています。特に人々の個人情報を使ってビジネスを拡大しようとするテクノロジー企業の振る舞いは“監視資本主義”と呼ばれ警戒されている。そのためかベルリンにはなかなか大手テクノロジー企業が根づかないし、資本を集めて巨大化しようとする企業は“偽造資本主義”の産物として嫌悪感を抱かれてしまう」

 一方で、ベルリンがヨーロッパにおけるスタートアップの新たな“聖地”と呼ばれていることも忘れてはならない。ここでは年間新たなスタートアップが500生まれるといわれ、2019年には総計37億ユーロもの金額が投資されている。ヨーロッパのSXSW(アメリカで開かれるテクノロジーとカルチャーの祭典)と評される『Tech Open Air』など世界中から人々が集まるカンファレンスも開催され、FACTORYやbetahausのように盛んな交流を生むコワーキングスペースも少なくない。グローバリゼーションに抵抗するベルリンからは、いったいどんな企業が生まれるのか。

「かつて、アーティストのヨーゼフ・ボイスは“社会彫刻”という言葉を使って、あらゆる人間は彫刻を作るように自ら社会へ働きかけ、その手でそのあり方を変えていくのだと説きましたが、ベルリンの人々はその言葉のようにどんどんスタートアップを立ち上げていく。彼/彼女らは多額の資金を調達してUberやAirbnbのような大企業になりたいわけではありません。あくまでも社会のために自分に何ができるか考え、一人一人が“個”の経済を作るために起業しているのです。そのせいか、食や環境にまつわる等身大のビジネスモデルが多いのが特徴です。こうした性質は、ベルリンが育んできたヒッピーカルチャーとも結びついています。今広がっているのは“修正ヒッピー資本主義”とも呼べる新たな流れで、そこではコミュニティやコモンズ(公と個人、どちらにも属しない共有地)、あるいは経済成長ではなく持続的な社会の形成を目指す“ドーナツ経済”が重視されている。特にコミュニティの意識は重要で、ベルリンにいると、パブリックな場所に自由な発言空間が形成されていることに驚かされます。私も初めはその文化に慣れておらず、スーパーでミネラルウォーターを買って帰る途中に突然青年に話しかけられて“ベルリン市民なら環境負荷も考えて水道水を飲んでくれ”と諭されたときは面食らいました(笑)。とにかく見ず知らずの人と対話することを厭わない。そこでは出身や職業など社会的にレッテルを貼られやすいテーマを語ることが避けられていて、個と個が向き合っている」

 公園や広場などベルリンの公共空間は、人々が盛んに交流するための場だ。市内のシュプレー川では人々の交流を活性化すべく、人が泳げるように水質を改善化するプロジェクトが進んでいる(果たして同じことが東京の隅田川や東京湾で実現できるだろうか?)。都市の中の自然が重要な役割を果たしてきたからこそ、ベルリンの人々は今とりわけ環境問題を注視している。

シュプレー川沿いにある〈ホルツマルクト〉は、多様な人々の集まる都市型のエコヴィレッジ。

「今ベルリンで急成長しているのが、環境問題に取り組む“グリーンテック”です。ドイツのスタートアップを見ても20〜30%はこの領域を扱っていて、気候変動や環境汚染を真剣に捉えていることがわかります。特にエネルギーについては、2030年までにドイツからガソリン車・ディーゼル車が全廃される予定ですし、環境問題は喫緊の課題と捉えられているわけです。路上のアスファルトを太陽光発電パネルに変えることで駐車しながらEVに充電できるような取り組みも進んでいますからね。日本の投資家の方々をベルリンに案内するとよく“ベルリンのスタートアップは小ぶりですね”と言われるのですが、とんでもない。目先の利益を追うだけなら小ぶりかもしれませんが、ソーシャルキャピタルやソーシャルインパクトなど“社会”へ与える影響力は非常に大きく、そこに価値を見出す投資家も増えているのが事実です。特に最近は中国からの投資額が増えていますね。彼らも化石燃料の次のエネルギーを見つけるために必死ですから。重要なことは社会をより良くすることであって、資本主義はもちろん、社会主義もイデオロギーではなく、一種のツールやアイテムとして導入すればいいのだと思います。もはや企業は、社会から目を逸らすわけにはいかなくなったわけです。ベルリンを見れば、社会と向き合えない新自由主義は死を迎えることがわかるでしょう。そうして私たちは次の時代へ進んでいけるのです」

「Smart Road」は道路を充電ステーション化し走行中のEVに給電できる技術だ。 ©ElectReon
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タケムラ・ミツヒロ
日本大学藝術学部や東京大学大学院などで教授職を歴任。1980年代よりメディア論を講じ、産業経済から市民生活まで幅広く社会環境を研究する。現在ベルリン在住。

edit&text/
Moteslim
illustration/
Hisashi Okawa
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Natsumi Kakuto
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Getty Images, Alamy images

本記事は雑誌BRUTUS922号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は922号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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