アート

現代アートから見えてくる、オルタナティブな資本主義の可能性。|長谷川 新 ●インディペンデントキュレーター

これからの資本主義/美術館から

No. 922(2020.08.17発行)
お金、ちゃんと使えてる?

 現代アートは“社会を映し出す鏡”であり、観る者に新しい視点を与え、その価値観を揺さぶる。その性格上、今の資本主義が孕む矛盾や可能性を考えるのに有効なツールでもある。インディペンデントキュレーターの長谷川新さんに「これからの資本主義」をテーマに7人のアーティストを選んでもらった。

「現代アートの巨匠、アンディ・ウォーホルが、お金を刷るかのように作品を複製し売ることで、あえて資本主義の空虚さを表現した例もありますが、私自身はシステムを再構築するための視座をくれるような作品に希望を感じます。例えば、若手アーティスト集団・カタルシスの岸辺(5)の作品のように、撮ったものの出番のなかった動画たちに展覧会やSNSとはまた異なる流通の回路を提示したり、曽根裕さん(2)は25年以上にわたって、世界の地元の職人に正当な対価を払いながら共同制作を行っている。アートも現代社会も、別の誰かに労働を“アウトソーシング”することが増えていますが、それをもう一度“共同制作”へと編み直す糸口を感じています」

矛盾があるからこそ、 別の可能性を想像できる。

 その一方で、とりわけ2000年代以降のマーケット全体の高騰、いやバブル化により、アートは富裕層にとっての投資商品と化し、現代社会への批評的装置であった現代アート自体が資本主義を象徴する存在になっているという皮肉な面も。

「ギャラリーで作品を売ることで生計を立てながら資本主義への批評やオルタナティブを提示しようとするのは一見相反した行為かもしれませんが、自身が身を置くシステムの矛盾と向き合うからこそ現実を変える力を持ち得ると思うのです。ゴンザレス=トレス(1)のキャンディをはじめ、一貫性のあるシンプルで美しい作品の背後には、とても複雑で偏った不完全な世界との交渉があります。今の資本主義が抱える矛盾した社会で、アーティストたちは作品の中だけでなく、作品の外や手前でも葛藤しながら行動を続けているのです」

Courtesy of Andrea Rosen Gallery, New York ©The Felix Gonzalez-Torres Foundation.

(1)フェリックス・ゴンザレス=トレス「Untitled」

『キャンディの“贈与”によって新陳代謝を繰り返すポスト・ミニマリズムの代表的作品。』
自身とパートナーの体重を合わせた重さと同じだけのキャンディが展示され、鑑賞者は自由にそれを持ち帰れる彫刻作品。キャンディは常に補充されるため外見は変わらずとも新陳代謝を起こすように作品は入れ替わる。「愛情さえも商品化されて流通する現代社会の中で、作品の売買ではない純粋な贈与の関係を美術館の中に作り出している。商品化を逃れる贈与が今こそ重要になっていると思います」。1992年、インスタレーション。

(2)曽根裕「The Last Night of the Stone Age(Still)」

『“グローバル”に作品を作り続けるアーティストの態度と倫理。』
中国、ベルギー、メキシコにスタジオを構え世界的に活躍する彫刻家・曽根裕が、現地の職人たちと密にやりとりしながら作品を制作する過程を捉えたドキュメンタリー映像。「中国の石工たちの技術を引き出し重さ数トン超の巨大な大理石を削り出した彫刻作品を作ると同時に、彼らに適正な賃金を支払うことで地域に新たな産業を作り出している。資本主義の中にいながら資本主義に振り回されない、稀有な制作環境を実現しています」。2020年、映像。

Video, HDV; Installation with flat screen mounted on two free standing poles 28 seconds Image CC 4.0 Hito Steyerl Image courtesy of the Artist, Andrew Kreps Gallery, New York and Esther Schipper, Berlin

(3)ヒト・シュタイエル「STRIKE」

『ポップカルチャーに染み込んだ資本主義を見抜き、コミカルな手法で本来の姿を暴いていく。』
わずか28秒のシンプルにして強烈な映像作品。画面中央に置かれたディスプレイに女性が亀裂を与えることで、「映像」も結局は画面という物体から成立することを明らかにする。「彼女は映像作品を通じ、グローバリゼーションや監視社会の問題をコミカルに告発しています。本作も単純だけれどSNSの問題など多くのことを考えさせてくれる。資本主義そのものではなく、それが過剰に働いている状態を暴き出すところが特徴」。2010年、映像。

(4)アリシア・ロガルスカ「Dreamed Revolution」

『催眠術をかけられた東欧のアクティビストたちは「これからの資本主義」の夢を見るか?』
ポーランド出身のアリシア・ロガルスカは、アクティビストたちを集め、催眠術をかけることで未来の社会を想像させた。資本主義の限界を超えようとした彼/彼女らが幻視したものとは……? 「東欧の国々はポスト資本主義を目指して社会主義に辿り着いたものの、その体制を維持することは叶わなかった。既存のシステムが限界を迎えている今こそ、改めて社会主義の意義が問い直されています」。2015年、映像。

©カタルシスの岸辺

(5)カタルシスの岸辺 「マテリアルショップ・カタルシスの岸辺」

『「動画素材の量り売り」が辿り着いた、資本主義的マーケットシステムの外部。』
5人の日本人アーティストを中心とした集団・カタルシスの岸辺は、友人知人から「作品」になり切れなかった無数の動画を集め、1秒単位で「量り売り」を行った。「動画素材の中には作家の子供の映像なども交じっていて。作品にもならずSNSに投稿もできないような映像の新たな流通ルートを作り出し、それが転じて既存のアートマーケットと別の経済を作っているところが面白い」。2019年、インスタレーション。

Photo:Tanachai Bandasak

(6)ワンタニー・シリパッタナーナンタクーン 「THE BROKEN LADDER」

『一枚の領収書から見えてくる、東南アジアの加速度的経済成長の光と影。』
作家自身が購入した家の小さな領収書や高級マンションの値下げを謳う映像などから構成されたインスタレーション。市場経済では誰もが努力すれば裕福になれると喧伝されるが、富に向かうための“ハシゴ”が実は壊れていることを明らかにする。「彼女が暮らすタイは経済成長が著しい一方で、公権力が人々から自由を奪ってもいる。この作品からは検閲を逃れながら資本主義を批判するための技術を感じます」。2018年、インスタレーション。

Photo:Henning Rogge DR/Hauser & Wirth

(7)ミカ・ロッテンバーグ「Cosmic Generator」

『人とモノが複雑に入り組んで駆動する資本主義社会に不気味なシュルレアリスムを見出す。』
10年に1度開催されるミュンスター彫刻プロジェクトで披露されたインスタレーションは、日用品店の再現を通じてグローバルにつながる労働市場と複雑な生産ネットワークの構造を描き出した。「Uber Eatsなどを見ればわかるように、現代では労働の多様化が進むといわれる一方で、その実個人が小さなコマとして消費されることも少なくない。その問題を捉えるための想像力を彼女は追求している」。2017年、インスタレーション。

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ハセガワ・アラタ
1988年生まれ。京都大学卒業。インディペンデントキュレーター。αMプロジェクト2020−2021『約束の凝集 Halfway Happy』を開催予定。

edit&text/
Moteslim
illustration/
Hisashi Okawa

本記事は雑誌BRUTUS922号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は922号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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