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Theme1 スーパーアプリって何?

ネクストマネートレンド講座。

No. 922(2020.08.17発行)
お金、ちゃんと使えてる?

すべての活動がオンラインになる時代へ。

 近年「キャッシュレス」や「デジタルトランスフォーメーション(サービスやシステムをデジタル化し新たな価値を生むこと)」といったフレーズは一般的なものとなりました。多くの人は便利なデジタルサービスが加わるくらいのイメージしか持っていませんが、これは90年代のインターネット登場と同じくらいの社会変化をもたらします。一言で言うと、24時間、あらゆる場所で私たちの日常がオンライン化する、つまり、オフラインの消失であり、新しい生活様式の始まりなのです。

 もう少し具体的に説明しましょう。例えば昨年あたりから日本でもキャッシュレス化が急速に進んでおり、さまざまな決済をアプリで行えるようになりましたよね。その結果、従来はオフラインで行われていた食事や移動、買い物といった活動がオンラインになり、個人と紐付けられデータ化されていきます。こうした個人の行動データを大量に収集して活用すべく、世界中で多くの企業がしのぎを削っている。

 なかでも先進的な取り組みが数多く行われ、大きな変化が生じているのが中国です。中国では2010年代初頭からアリババやテンセントといったプラットフォーマーが成長していき、いまでは世界有数のデジタル先進国となりました。現在都市部の現金使用率は3%を切るといわれ、ほぼすべての人がアプリ決済をしています。シェアサイクルやタクシーの料金はもちろん、レストランではテーブルに貼られたQRコードを読み取って注文から決済までアプリ上で行うことも当たり前。店員と一切話をしないまま、食事や買い物が済んでしまう。もはやオンラインとオフラインの行動の垣根がなくなっているんです。

 こうしたオンライン化の流れは、AlipayやWeChatといった、ECからフードデリバリー、タクシー、エンタメ、保険や公共料金の支払いに至るまでさまざまなサービスを提供する「スーパーアプリ」によって加速したものです。多様なサービスを盛り込みデジタル上の生活インフラと化したスーパーアプリは、多くの場合大手プラットフォーマーから提供されています。

 例えばAlipayは「ペイメント」、WeChatはチャットのような「コミュニケーション」、東南アジアのGrabやGojekはUberのような「モビリティ」など各アプリが起点としたサービスは異なりますが、その規模を拡大しながら他業種を巻き込んでいき、「このアプリさえあれば生活のすべてをまかなってくれる」、いわば独自かつ巨大な経済圏をつくり上げました。とりわけAlipayのアリババとWeChatのテンセントの経済規模は大きく、その時価総額はGAFAと肩を並べるほど。日本では100億円還元キャンペーンで話題となったPayPayや、ヤフーと経営統合したLINEなどもスーパーアプリ化を目指しています。

データの活用が産業構造も変える。

 もともとは単なるチャットや決済のためのツールだったこれらのアプリは、なぜこんなにも巨大化できたのか? それはユーザーから集めた行動データを有効活用してきたことにあり、それこそがGAFAとスーパーアプリを分かつ点でもあります。GoogleやFacebookといった従来のプラットフォーマーは主として広告によって収益化を行っていた一方で、AlipayやWeChatは金融やマーケティング、インフラとしての活用など、いくつものビジネスモデルを成立させました。なかでも特徴的なのは金融で、新興国のようにまだ銀行口座を持っていない「アンバンクト(unbanked)」と呼ばれる人々が一定数いる場所では、スーパーアプリは預金管理や資産運用といった銀行機能まで代替します。あるいはマーケティングにおいても、これまでの性別や年齢、収入といった「属性」に、GPSや購買履歴などの「状況」が加われば情報量が何万倍にも増えるので、ユーザーに最適なタイミングで最適なサービスを提供できる。

 行動データの活用は産業構造も大きく変えつつあります。例えば、かつての人々は製品やサービスの良さによってそれらを選んでおり、高品質なものを低価格で提供できる企業、つまりメーカーが強い力を持っていました。ところが、現在のようにオフラインとオンラインが混ざり合う環境においては、ただモノづくりをしているだけではユーザーとの接点が持てないので、製品を売る機会が得にくいのです。

 いま産業ヒエラルキーの頂点に立つのは、スーパーアプリを通じてユーザーの膨大なデータを収集している決済プラットフォーマーへと移り変わりつつあります。その下にECやエンタメのようなサービサーが並び、これまで力を持っていたメーカーは下請けのような存在に位置づけられてしまう。かつて自動車やその関連機器をつくる産業は非常に大きい規模を誇っていましたが、これまでと同じビジネスを続けていると、タクシーの配車アプリなどサービサーのためにプロダクトを提供するような存在になってしまう。それゆえ、いま世界各国では決済プラットフォーマーを目指して、従来とは異なるビジネスモデルへの転換を目指す動きが加速しています。なかにはアプリを普及させるために多額の投資を行う企業もありますが、中国におけるAlipayやWeChatのポジションをとれるならばその程度の投資は厭わないというわけです。

 かようにキャッシュレスから広がるお金のデジタル化は、人々の行動をオンライン化しデータの活用を可能にすることで私たちの生活や企業のあり方をこれから急速に変えていくのです。

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teacher・藤井保文
ふじい・やすふみ/ビービット 東アジア営業責任者。上海に駐在し日系企業を支援。主著『アフターデジタル2 UXと自由』(日経BP)がシリーズ累計11万部を突破。

graphic recording/
Junko Shimizu
photo/
Natsumi Kakuto
edit&text/
Moteslim

本記事は雑誌BRUTUS922号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は922号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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