エンターテインメント

味わい深い歌声が心に沁みます。『前夜 ピチカート・ワン・ イン・パースン』PIZZICATO ONE

西寺郷太のポップ警察〜名曲・珍曲・捜査録〜

No. 922(2020.08.17発行)
お金、ちゃんと使えてる?
ピチカート・ファイヴ時代の楽曲などを自身のボーカルで披露したライブ盤。滋味深い小西さんの歌声に心をギュッとつかまれる。中年男性の共感率高し。

自分自身をボーカリストに選んだマエストロ小西康陽。

 北野武さんがインタビューで「監督としてその作品に関わっていれば演者に指示を出す。演者として呼ばれた場合は完全に監督に委ねる」とおっしゃっていたのが印象的で。「監督である自分にアイデアをぶつけてくる俳優、女優は次に使わない」とも。

 演出家でもある少年隊の錦織一清さんから直接伺ったエピソードも忘れられません。若かりし頃、ベテラン俳優・菅原文太さんと共演したとき、最初の撮影シーンで文太さんが熱く煽情的な芝居を完璧に展開したところ、監督から「全然違う。淡々と抑えて」と真逆の指示が。現場に一瞬緊張が走ったけれど、文太さんは静かに「はい」と言いツーテイク目で監督の指示通り演じた、と。

 普段はプロデューサー、作詞・作曲家として自分のアイデアを具現化することの多い僕にとって、小西康陽さんがソロプロジェクト〈PIZZICATO ONE〉のアルバム『わたくしの二十世紀』(2015年)でシンガーの一人に僕を選び、3曲も歌わせていただいたことは素晴らしい経験でした。このとき、僕が強く意識したのが、冒頭に挙げた武さん、錦織さんの言葉。つまり僕は「歌手」として呼ばれたわけだから指示通り歌おう、と。結果、シンプルなピアノ演奏を中心に小西さんのディレクションに全身を委ねたこのアルバムでの僕の声は新境地で……。

 昨年10月12日に関東を直撃した巨大台風のことを覚えている人は多いでしょう。「コロナ渦」で何ヵ月もイベントやライブや社会活動が制限され続けることにすっかり慣れてしまった今となっては、甚大な被害をもたらしながらも体感的にはたった1日で終わった公共交通機関のストップ、商店のクローズ、食料を買い込んで家に籠もったあの日の思い出が遠い昔のことに思える、あの台風の「前夜」。六本木ビルボードライブ東京で行われたのが〈PIZZICATO ONE〉による公演でした。このたび、その数日後に行われた大阪での模様も含めたライブ盤『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』が発表。マエストロ小西康陽が選んだシンガーは彼自身。今の時代をリアルに切り取り、新人のような瑞々しさで包まれた特別な時間が真空パックされた傑作です。

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にしでら・ごうた

音楽家。ソロアルバム『Funkvision』発売中。自伝的小説『'90s ナインティーズ』も文藝春秋digitalで連載中。

文・題字/
西寺郷太
編集/
辛島いづみ

本記事は雑誌BRUTUS922号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は922号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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お金、ちゃんと使えてる?(2020.08.17発行)

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