エンターテインメント

表現するのは、普段は“見えない”人間の本質。|市原佐都子

BRUTUSCOPE

No. 922(2020.08.17発行)
お金、ちゃんと使えてる?
市原佐都子

 演劇界の芥川賞ともいわれる岸田國士戯曲賞。その権威ある賞を今年得たのは、劇作家の市原佐都子だ。受賞作となった『バッコスの信女─ホルスタインの雌』はギリシャ悲劇をベースにした音楽劇。夫に支配された主婦がヒトとウシの半獣半人を産み出すに至った衝撃的なストーリーを描く。劇作家の岡田利規をして「はっきりと力があり、ワイルドな肌理があり、作家の言葉だと感じることができる」と言わしめた彼女が題材にするのは、異種間の交尾やルッキズム(=外見至上主義)、人種差別など、表立っては言葉にされない事柄ばかり。世の中のタブーともいえる過激なテーマを扱うのはなぜか。市原は話してくれた。

「自分という人間や、社会を本質的に知りたいからだと思います。普段、今はこういう風潮だからとか、女性は可愛くないとダメとか、常に見られることや外的要因で行動が制限される窮屈さを感じています。でもタブーにこそ本質が表れていて、それを形にしないと大切なものを見失うのではないかという怖さが常にあるんです」

 日常では“見えないもの”を表現することによって人間や社会の本質をえぐり出し続ける市原だが、演劇との出会いは意外にも演じることからだった。

「高校生で演劇にのめり込み、大学ではひたすら俳優をやりました。楽しくもあったのですが、自分の問題を扱っているわけではないと感じていて。そんな中、卒業制作で初めての『虫』という作品を作って、演じることへの違和感を昇華させることができたんです。すごく褒められたし(笑)、自分は作る側なのかなと感じましたね」

 そして岸田賞を受賞した今年、もう一つ自身の考え方に影響を与える転機があった。

「自粛期間中、一人で家に籠もって脚本を書いていると、誰にも見られないからか、自分の存在が薄くなった感覚がありました。外的な要因を窮屈と捉えていたけれど、制約がないと自分という存在をどう生成するんだろうと考える機会になったんですよね」

 だからか、彼女は今、いったん外の流れに身を委ねようとしている。

「他人から求められることで見えることはあると思います。岸田賞の受賞作を初演したあいちトリエンナーレもその機会の一つ。飛躍のきっかけをくれました。30代の今は求められることに身を任せつつ、将来的には表現する場所から自分で作っていきたいと思っています」

photo/Shun Sato

『バッコスの信女 ─ホルスタインの雌』

作・演出:市原佐都子/作曲:額田大志/出演:川村美紀子、中川絢音、永山由里恵、兵藤公美ほか/あいちトリエンナーレ2019で初演された、第64回岸田國士戯曲賞受賞作。9月には、KAAT神奈川芸術劇場での上演が予定されている。

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いちはら・さとこ

1988年生まれ。劇団Q主宰。人間の行動や身体にまつわる生理、その違和感を独自の言語センスと身体感覚で捉えた劇作を行う。著書に小説集『マミトの天使』(早川書房)、戯曲集『バッコスの信女—ホルスタインの雌』(白水社)。

photo/
Keisuke Fukamizu
text/
Emi Fukushima

本記事は雑誌BRUTUS922号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は922号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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