アート

【話題の本】銀座を歩き、銀座を写す。東京オリンピックに沸く1964年が蘇る。|『GINZA TOKYO 1964』

BRUTUSCOPE

No. 921(2020.08.03発行)
いい自転車。
杉山恒太郎(左) 森岡督行(右)

無名の写真家が残した写真には、新しい銀座と街を彩る物語が映し出されていた。

〈森岡書店〉の森岡督行さんが昨夏出会い、一目で恋に落ちたモノクロームの写真。1964年の銀座を写し取った伊藤昊の写真を『GINZA TOKYO 1964』として出版した森岡さんと、中学時代からこの街に通うクリエイティブディレクター・杉山恒太郎さんが語り合う、銀座と銀座の写真の話。

森岡督行
BRUTUS 40周年記念号「東京の正解」で、杉山さん、銀座を「盆地」に譬えられていましたね。
杉山恒太郎
航空写真で見てみると、高層ビルに囲まれて、ポコッと盆地みたいになってる。銀座を伝えるのに最高の表現だと思っているんだ。
森岡
 “銀座盆地”と呼びたくなりますね。“銀座ヶ谷”“銀座バレー”もいいな。伊藤昊という写真家銀座をたくさん撮っていて、今回それを『GINZA TOKYO 1964』としてまとめました。
杉山
この写真集、写真だけじゃなくて、森岡さんの解説と写真に付くキャプションがすごく面白い。ライブで解説を聴いているみたいにして楽しくずんずん読んじゃった。
森岡
ありがとうございます。1964年東京オリンピックの年ですが、杉山さんにとっては、この時代の東京ってどんな印象ですか?
杉山
一つの地方都市に高速道路が走り、新幹線が通って大都会になっていく。懐かしいローカルな東京と、やがて世界の大都市になっていく東京のちょうど狭間、時代の大きな節目ですね。
森岡
伊藤さんもそんな感覚を抱えて銀座を歩いて、撮っていたのかもしれません。
杉山
きっとそうだと思うよ。1964年というと僕は高校1年生だけど、そのちょっと前、中学生の頃からみゆき族だったの。銀座に通ってましたよ。
森岡
えー⁉ みゆき通りを歩いてたんですか?
杉山
歩いてた歩いてた。みゆき通りと並木通りの交差するところにある〈チョコレートショップ〉というカフェと、〈ジュリアン・ソレル〉という高級下着屋さんだったかな? その店の前あたりに立っていました。雨も降ってないのに傘持って、バミューダパンツ穿いてね。
森岡
手には〈VAN〉の袋を持って?
杉山
持ってたね。サッカーの練習に持っていって、生意気だって叱責受けてゴールネット裏で正座させられた。ほろ苦くもスイートな青春てやつ。
森岡
みゆき族に中学生がいたとは! まったく知りませんでした。
杉山
若手支部っていう感じだったね。この写真集で、若者と警察が一緒に写っている写真を見て思い出したけど、当時は学校の外でも制服を着て出かけるのが普通だった。私服で、親の同伴もなしに銀座に行くにはかなりの勇気が必要で、風紀委員に見つかったら大変なことになるし、ヘタしたら補導されるかもしれない。そんな時代でした。
森岡
1964年銀座に通った杉山さんだからわかる街の雰囲気というものがありますね、いいなぁ。
杉山
早く生まれすぎちゃって損したかなと思うこともあるけど、得したなと思うのはこういう写真を見た時。いろいろ甘美な記憶が蘇ってきます。
森岡
銀座では何をされてたんですか?
杉山
まず映画だね。『バイ・バイ・バーディー』かな、ドキドキしながら私服でロードショーに行った最初の映画があの作品でした。
森岡
デートですか? 銀座にナンパしに来る人もいたと聞きましたが。
杉山
ちょっと上のお兄ちゃんたちは結構してたと思う。まぁ僕はまだ中学生だったから、夕方の日比谷公園で手をつなぐくらいかな。
森岡
青春ですね、爽やかだ。伊藤さんは〈コカ・コーラ〉の看板やトラックもたくさん撮ってるんですよ。「スカッと さわやか」っていうお馴染みのコピーも。
杉山
〈コカ・コーラ〉って、あの時代の表現者たちにとっての“次の予感”だったんだよね。強烈な、戦後日本の一つのシンボルだと思います。
森岡
そうなんですか、なるほどなぁ。〈三越〉〈和光〉〈三愛ドリームセンター〉をはじめ、今でも残っている建物の写真も多いんです。
杉山
〈三愛〉はもう宇宙、SFだよね。あれもまた新しいシンボルだった。あの建物は1964年完成だったかな。
森岡
未来を感じさせる東京の憧れの形だったんだ。それでみんな、ここで写真を撮ったんですね。一方で、同じ四丁目交差点界隈では〈キムラヤ〉のあんぱんに〈鳩居堂〉の封筒、〈空也〉の最中とか、百何十〜数百円のものを今も商っている。
杉山
そういうものが残っているのが銀座っていう街だよね。いろんな物語が詰まっていて、それが写真というメディアによく合っている。動画だとこの面白さは出てこないよ。
森岡
止まっているからこそ、写真を見る側がイメージを膨らませることができるんですよね。
杉山
そうそう。それ自体が物語を多重に内包していて、古くなればなるほどその深みを増していく、写真って本当に不思議なメディアだよね。

『GINZA TOKYO 1964』伊藤 昊

アジア初となるオリンピックが開かれる1964年の東京。エンブレムやポスター、万国旗が飾られ、海外から来日した選手も訪れた銀座の街と、そこを行き交う人々の姿を伊藤昊が写し取る。1943年に生まれ2015年に世を去った無名の写真家が残したモノクロームの写真が約120枚。企画・編集・解説を森岡督行が手がけた写真集。森岡書店/5,500円。

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すぎやま・こうたろう

1948年東京都生まれ。〈ライトパブリシティ〉代表取締役。64年東京オリンピックのポスターの写真を手がけた早崎治と村越襄は同社の創立メンバー。『アイデアの発見』など著書も多数。

もりおか・よしゆき

1974年山形県生まれ。1冊の本を売る店〈森岡書店〉店主。店が入居する鈴木ビルは、〈ライトパブリシティ〉の創立メンバーが籍を置いた〈日本工房〉の編集室があった場所でもある。

photo/
TOWA
edit & text/
Hikari Torisawa

本記事は雑誌BRUTUS921号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は921号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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いい自転車。(2020.08.03発行)

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