現代美術家の宮島達男が表現し続けるのは「生と死」。その真骨頂と言える作品が、東日本大震災を機に生まれた「時の海−東北」だ。巨大なプールにLEDカウンターが置かれ、たゆたう水面で9から1までの数字が絶えず表示される。制作には震災で家族を亡くした遺族や東北の子供たちも参加し、2016年からプロジェクトとして成長してきた。震災から10年が経つ今、宮島は何を考えるのか。
「時が経てば、どうしても記憶は薄れます。でも震災の時、確かに僕らは苦しみ、反省をし、決意もした。亡くなった方の鎮魂はもちろん、あの頃の自分が感じたことを思い起こしたり、また子供たちにはあの時起こったことを知ってもらったり。改めてこの作品が過去と出会う機会になればと思っています」
振り返れば、宮島が1990年代から発表してきたデス・シリーズでは、人為的な大量死をLEDで無機質に表現し、「死」を冷酷に、慄然と生きるものに伝えた。一方で震災を経て宮島が作品に灯すLEDは、同じ「死」を表現するも、どこか温かく、裾野を広く人々を迎え入れる。これはかねて宮島が提唱する「ART in YOU=芸術はあなたの中にある」を一歩深めた結果なのかもしれない。
「アートは作者が自分の強烈な思いを押し付けるものではなく、観る側がそこから自分の中にある何かを発見していくための装置です。だから、あくまでも観る側が主役。『時の海−東北』に多くの人が参加してくれたことで、その意味を再確認できました」
コロナ禍で感染者数が連日報道される今、奇しくも宮島がモチーフとする数字に呼応し人々が生と死に繊細になっている。この状況でこそ、アートは意味を成すと宮島は話す。
「生と死は、人類にとって古くて新しいテーマ。14世紀にヨーロッパでペストが流行した時、“メメント・モリ=死を憶え”という思想が生まれ、ルネサンスへつながりました。つまり、生とは何か、死とは何かを考えることから表現は膨らんできたんです。だから今の状況も、新しい潮流が起こる一つの機会かもしれませんよね。近代化の名の下、急ぎ足でボロボロと落としてきてしまった大切な問いに向き合い、新しい表現を生み出す時なのだと思います」
そして、多くの死に触れ傷つく人々を癒やすのもまた、アートの役割。宮島は続ける。
「目に見える傷は絆創膏で治すことができますが、心には見えない傷がついていて、後々効いてくる。そんな傷をゆっくり治すのも、アートや芸術の力なのだと思います」
STARS展:現代美術のスターたち ─ 日本から世界へ
多様な地域や世代から高い評価を受ける、草間彌生、李禹煥、宮島達男、村上隆、奈良美智、杉本博司の6名のアーティストの軌跡を紹介。〜2021年1月3日、森美術館(東京都港区六本木6−10−1 六本木ヒルズ森タワー53F☎03・5777・8600*ハローダイヤル)で開催中。10時〜22時(火〜17時)。無休。一般2,000円、学生(高校・大学生)1,300円、子供(4歳〜中学生)700円、シニア(65歳以上)1,700円。
- photo/
- Akiko Baba
- text/
- Emi Fukushima
本記事は雑誌BRUTUS921号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は921号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。