エンターテインメント

こだま『夫のちんぽが入らない』

星野概念「精神医学で診る本の診断室」

No. 920(2020.07.15発行)
最高の朝食を。

いきなりだが、夫のちんぽが入らない。交際期間も含めて20年、この「ちんぽが入らない」問題は、私たちをじわじわと苦しめてきた。ままならない悩みを抱え、「普通」という呪縛に苦しみながら、自分たちだけの夫婦の形を求めた私小説。講談社文庫/600円。

診断結果:さまざまな困難や不自由に寄り添い、淡々と、続いていく暮らし。

 今年度から精神科の訪問診療に従事しています。精神的な不調を抱え通院が必要だけど、様々な理由で通院できない人の自宅に訪問するのです。それまで僕が患者さんと会うのは外来の診察室か、入院病棟でした。なるべくその人のことをわかりたいと思い、じっくり話をすることに努めていましたが、訪問診療を始めてみて、僕は目の前の人の生活に思いを馳せてこなかったことに気がつきました。訪問してみると生活は様々で、例えば、身体的な不自由さを抱えていれば、それに合わせて自宅をバリアフリー化していたり、どうしても自分を傷つけてしまう人の家では、刃物を一切自宅に置かず素手のみでの料理を工夫していたりします。こう書くと、大変だなぁと参ってしまいそうですが、実際訪問してみると絶望や悲壮よりも、あっけらかんとした平常運転の雰囲気が強いです。もちろんすべての家庭に困難さはあります。それになんとか少しずつ折り合いをつけていくことが、日常生活になっているのです。本作の主人公夫婦は、夫婦にとって大切とされる営みに、圧倒的な不自由さを抱えています。読んでいると、どれだけ大変なんだ! とやるせなさを感じずにいられません。さらに様々な困難さも絡まり合い、最後まで一件落着には至らず終わります。でも一方で一貫して、本人たちはそれを抱えながら静かに日常を過ごしている雰囲気があります。どんな生活も、その当事者にとっては生活以上でも以下でもないのでしょう。人の生活を考える時、感情移入しすぎると捉え方が大袈裟になってしまい食い違う恐れがあります。そんな忘れがちな大切さを感じた作品でした。

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ほしの・がいねん

精神科医など。いとうせいこうとの共著に『ラブという薬』『自由というサプリ』がある。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS920号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は920号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.920
最高の朝食を。(2020.07.15発行)

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