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【7月16日発売】現代日本文学の最先端はここ! 気鋭の作家の20年を1冊の本で読む。|『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』

BRUTUSCOPE

No. 920(2020.07.15発行)
最高の朝食を。
乗代雄介

小説家の脳みそに入りこみ、20年を遡ってみよう。

昨年12月、芥川賞候補が発表された時に快哉を叫んだ人は少なくないだろう。そこには初ノミネートとなる乗代雄介の名前があった。デビューから5年、『十七八より』『本物の読書家』『最高の任務』を書いた作家は何を読み何を書いてきたのか。メイキング・オブ・乗代雄介とも呼びたい『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』が完成した。

『ミック・エイヴォリーの アンダーパンツ』中学時代から続けている同名のブログに収められた600編から、作家が選び改稿した67の掌編。刺激的なリズムに彩られた「創作」と、読んで書くことの実践をなぞるエッセイ「ワインディング・ノート」、書き下ろしの中編小説「虫麻呂雑記」を収める。7月16日発売。国書刊行会/3,300円。

「第1部の『創作』は、これまでブログに書いてきた掌編から67編を選んで時系列順に並べました。一番古いものの日付を見ると2001年7月26日、僕は15歳です。語彙に対する感覚や組み合わせも今とは違っていて、今ならこの言葉は出てこないな、というものもありますが、あまり手を入れず、つまり多少の恥ずかしさも含んだまま載せることにしました。この時期は、文章でできることってなんだろう? と真面目に考え続けていた。授業に出て図書館に行って家に帰って書く。ひたすら読んでひたすら書く毎日で、面白い本があれば、その人が関わった本や薦める本を読んで網の目を詰め、印象的な文章はノートに書き写して、そのつながりで物事を考えていく。ずっと同じことを続けています」

 作家の頭の中身を取り出して見せてくれるのが『ワインディング・ノート』。2014年12月10日から翌年9月23日の日付が記されたエッセイには、“全世界を異郷と思うもの”たちの言葉が記録され、作家とは、個性とはなにか? 作家はなぜ書くのか? という創作論が展開される。続く『虫麻呂雑記』は中編小説。語り手である主人公には作家と同じ名前が与えられている。

「登場人物に乗代と名づけるのは初めてです。自分を書きたいというよりは、平日の昼間に植物園を訪れたり土地土地を訪ね歩いたりするという語り手の動きと、文学的な興味を負わせるには、この人物は作家じゃないとおかしいな、という判断で。自分の趣味を大っぴらにできるっていうのは楽しかったし、文学賞の授賞式や作家が実名で出てきたり、実際起きたこともたくさん書き込んでいます。語り手が一人の女性と出会って結局離れていくというのも、人との関係は離れなくなっていくというのが僕にとっては自然だからなんです。一生続けていくだろう“書く”ことのために、書いている時間だけではなく、それ以外の時間も書くために使いたい。生活のすべてを書くためのものとして捉えたい。『ワインディング・ノート』で“人間関係もやろうとすると、太宰みたいなことになるのだから、そんなもの片手間にちょちょいとやって、大人しくのたれ死ねばいい”と書きましたが、あながち冗談でもないですね」

 ところで問題は時間である。小説が読まれる時間、書かれる時間、書かれる作家が動いていた時間、小説に登場する日記や手紙、古い本などが持つ時間、小説の中の現在と過去、そして実現しないかもしれない近しい未来。乗代作品にはいくつもの時間が流れ込んで、小説世界を立体化する。

「民俗学的な興味に近いのかな? 歴史と同時に伝承があって、そのせめぎ合いがある。歴史と伝承がどうして分かれ、どうやって違うものになっていったのかに興味があります。自分が書くものも書いたことで終わりにはしたくなくて、読み手によって話を付け加えられるとか、実際に起きたことによって話が変わって変形したものの方が残っていくとか、そんな状態が理想です。例えば『最高の任務』という小説では2021年の卒業式の日を書いているんですが、新型コロナウイルスは存在しないかのような世界です。小説に書かれていることが、作者が関知していないところで違う道筋を辿る。パラレルワールドと呼ぶべきなのかな、その重なりとずれは、書くという作業を挟むと簡単に生成されてしまいます。昔自分が書いたもの、掌編やブログが残っていて、今の自分がそれを読む。20年前の自分と今の自分の気持ちには重なる部分も重ならない部分もあるはずだ。そうすると、自分じゃないけど自分にごく近いものという新たな存在が現れる。過去と現在があって未来があるからこそ生まれるイメージというものを、これからも書いていきたいと思っています」

いくつもの時間が流れ、澱み、絡まる3冊の愉悦。

『十七八より』
その後の作品に受け継がれていく阿佐美景子の物語。高校に通う「あの少女」と彼女が愛する叔母。2人の間で交わされる文学にまつわる会話、引き写される本、自習室で読まれる世阿弥の文章に焼肉店での家族の会話。いくつもの声が響く中編小説。講談社/1,500円。

『本物の読書家』
川端康成から送られた手紙を持っている、という噂のある大叔父を老人ホームに送るべく茨城へ向かう男と、不意に現れる謎の男。「文学的弾力」も心地よい表題作と、「あの少女」から大学生へ成長した阿佐美景子を描く「未熟な同感者」を収める。講談社/1,600円。

『最高の任務』
従姉への長い手紙、叔母に贈られた日記帳、書庫で見つけられた読書感想文に旅先で読む看板。書かれたものが書きこまれ、回想され、旅の足取りは辿られて、過去と現在が、そして未来までもが多層的に重なる。「生き方の問題」と表題作を収録。講談社/1,550円。

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のりしろ・ゆうすけ

1986年北海道生まれ。2015年「十七八より」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。『本物の読書家』で野間文芸新人賞受賞、「最高の任務」で芥川賞候補ノミネート。

photo/
Tohru Yuasa
edit&text/
Hikari Torisawa

本記事は雑誌BRUTUS920号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は920号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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最高の朝食を。(2020.07.15発行)

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