猟師と俳優。2つの暮らしが重なる未来。
8月公開のドキュメンタリー映画『僕は猟師になった』の主人公は、わな猟師の千松信也。京都、田舎と都心の中間部に居を構え、週に数日は運送会社で働きながら、あとは生活に必要な分だけ鹿やイノシシを獲って暮らしている。本作の語りを務めたのは俳優の池松壮亮。作品を通して繋がった2人が、邂逅を果たした。
- 池松壮亮
- 作品を観た時、千松さんのあまりにも謙虚な生き方に自分の無責任さや傲慢な態度を反省してしまいました。
- 千松信也
- 僕からすると普段の暮らしなんですが、見た人がどう感じるのかは興味があります。それにしても、猟で実際にイノシシと向き合っている自分を客観的に見たのは新鮮でした。もうちょっと俊敏にやり合っているつもりだったのに、結構鈍くさいなと思って(苦笑)。
- 池松
- (笑)。強烈に印象に残ったのが、獲物にトドメを刺すシーンです。鹿をわなで捕らえ、木で殴打し気絶させた後、ナイフで心臓を刺すところを鹿目線で撮っているカットがあって。刺してから心臓が止まるまでの数十秒間、千松さんが倒れた鹿の脇腹に手を当てて、静かに2人の無言の時間を過ごしている。なんとも形容しがたいシーンです。
- 千松
- 猟を始めて20年になりますが、動物の命を奪うことに、いつまで経っても慣れないんですよね。
- 池松
- そうなんですね。
- 千松
- わな猟というのは、その日出会った獲物をいきなり狙うわけではなく、連日山に行ってその獲物の痕跡を見極めてわなをかけるんです。読みが当たる時もあれば、上手に避けられることもある。知恵比べみたいにやっていくので、だんだん相手に愛着が湧いてくるんですよね。「いつも獣道を左寄りに歩いているな」とか、「ここ足を踏み外してる、ちょっと鈍くさいな」とか。そんなことを山の中でぼーっと考えるからか、いざ獲れた時は嬉しさ半分、「とうとうかかっちゃったか」と同情する感覚もあります。
- 池松
- だからこそ、最後のあの時間を大切にされているんですね。
- 千松
- 刺すところまでは、さっさとやる方が相手を苦しめなくていい。けれど刺した瞬間、いったんすべてが終わって山も一気に動きが止まる。その瞬間は、モヤモヤした気持ちが出てきます。自分と同じくらいの体重の生き物をこの20年で何百頭も殺して、僕一人が生きている。それってなんだかなあと思ったり、でもそうするって決めたしなぁと思ったり。
- 池松
- 幼い頃、「いただきます」を言わないと両親から怒られましたけど、その意味って全然わかっていなかったんですよね。「食べ物=生き物」だとある程度は認識していたものの、命をいただくことに対する責任を誰かのおかげで免れてきたし、罪悪感は微塵もない。改めて、自分の残酷さに目が行きます。お子さんたちにも捌く経験をさせていましたよね。
- 千松
- そうですね。だからかうちの子供たちは、基本的に食べ物は、誰かが獲ってくるか作るもんだっていう前提で暮らしていると思います。僕は普通にスーパーでも買い物をするので、魚を食卓で出したら、「これどこで獲ったん?」と質問をされる。それに対して「自分では獲ってないよ」と話すと、「お父さん、努力が足らんなあ」とか言われて(笑)。
- 池松
- すごいですね 幼い頃からその感覚を体得しているのは。
- 千松
- まあでも、コンビニのからあげクンも大好きなんですけどね(笑)。唐揚げが食べたいならうちで飼っている鶏を捌こうと言うんですが、「いや、うちのコッコちゃんは殺したらあかん、かわいそうや」って。別物みたいです。
- 池松
- それにしても、コンビニで買い物をするような都会的な暮らしと田舎の暮らしを両立させるのは、なぜですか?
- 千松
- 心地よいから、というか。狩猟も、大学を休学してダラダラしている時に何となく興味を持ったのがきっかけで。
- 池松
- なるほど。
- 千松
- だから今もストイックに自給自足をしようと決めているわけではなくて、自分の体さえ動かせば、やりたくない仕事をしてお金を稼いで買うよりもよっぽど楽だなと。裏山にこんなに肥えたイノシシがいるんだから、「食わな損やん」っていう感覚。一方で、便利さも必要だし、友人たちと飲みに行ったりする都会の人間関係も好き。僕にとっては、楽に、心地よく暮らせる方へと動いてきた結果が今なんです。
- 千松
- なかなか、そうですよね。
- 池松
- でも、今回のパンデミックを経て、僕自身もどこにいても俳優はできるのかもしれないし、暮らしにもっと目を向けるべきだということは改めて考えました。今この時代に千松さんの生き方が作品を通してシェアされることは、偶然であり必然だなと感じます。
『僕は猟師になった』
監督:川原愛子/語り:池松壮亮/出演:千松信也/2018年のNHKの番組『ノーナレ けもの道 京都いのちの森』での反響を受け、300日の追加取材を行い完成。直径12㎝のわなで「命」に向き合う猟師の物語。8月22日、ユーロスペースほかで全国順次公開予定。
- photo/
- Shimpei Suzuki
- text/
- Emi Fukushima
本記事は雑誌BRUTUS920号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は920号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。