ママの焼くクレープ|滝沢カレン ●モデル

忘れられない朝食の話。

No. 920(2020.07.15発行)
最高の朝食を。

きっと誰にでも、忘れられない朝食がある。子供の頃に毎日食べていた母の味、旅先で食べた特別な朝食……。今はもう食べられないけれど、思い出すだけでお腹が満たされる。そんな、朝ごはんの思い出。

 私の家族には役割があった。めったに帰ってこない祖父が、家を支える大黒柱。祖母は家事、そして私を育ててくれた我が家の番長。母は毎日仕事をしながらも、時間が空けば遊んでくれる大親友。そして私は、食べて、寝て、学校へ行って、遊ぶ。ただただ育つのが楽しいわがままな女だった。家族が絶対揃うごはんは思えば当たり前に朝ごはんが多かった。朝ごはんはもちろん祖母が作る毎日。たまの日曜日はその流れが大いに違った。それは、小さい頃から負けじと習っていたバレエ教室がたまの休みの日曜日だった。

 二階で眠る私は、一階の台所からの匂いで起きた。「あ、ママが作ってる」、忘れもしないこの気持ち。なぜならこれは洋食の代表、バターの香り。なんとも和風の食事を送る我が家には、似合わない。嬉しくて、昔ながらの急降下な階段を走って下りた。

 食卓には大皿に何十枚もの薄く焼かれた丸い黄色味の強いクレープ。まるでクレープのお城だ。その横には、母の大胆な性格が丸わかりの皮を剥いただけのバナナ、メープルシロップ、チョコレートソースがずらりと列になる。目を丸くして私は、ドキドキと席につく。薄く今にも破けそうなクレープが自分のお皿にやってくる。これだけでも小学生時代の私にしたら大イベントだ。洒落たお店で出る扇子のようなクレープとはいかないが、母が作った薄い薄いクレープが、私にとっては特別だった。選ぶという余裕すらないバナナ、シロップ、チョコレートソースにひたすら悩む。悩んだわりには結局、全部まるっと巻いて食べた。口に入れたら誰もが思う以上に甘い。ただただ甘い。だけどそれが母のクレープだった。でもその甘い甘い味がたまらなく好きで、何枚も何枚も食べた。中身に飽きてしまうと、生地だけを折り畳んで食べた。それほどあのクレープは美味しかった。「朝ご飯にそんな甘いもんばっかり食べて」と横目で小さく呟きながら、漬物をバリバリ食べる祖母の姿もお決まりだった。母が笑っていた。私も笑っていた。

 今ではもう、真似したくたってできない母の味。作ってもらうことも、教えてもらうこともできない。でも私はその味を知っている、それだけで大満足だ。

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たきざわ・かれん

モデル、女優として幅広く活躍。今春発売となった初のレシピ集『カレンの台所』では、独特の文章が話題に。

illustration/
Kenji Asazuma

本記事は雑誌BRUTUS920号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は920号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.920
最高の朝食を。(2020.07.15発行)

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