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細野晴臣『“謎の住宅地”で道に迷い、彷徨いながら、人を思う。』

散歩の正解|散歩好きの散歩道。

No. 919(2020.07.01発行)
東京の正解
 国立科学博物館附属自然教育園/港区白金台5−21−5☎03・3441・7176。9時〜17時(5月1日〜8月31日)。月曜休。入園料320円。 隆崇院/品川区上大崎1−9−24☎03・3441・8385。1669年に創建。 ねむの木の庭/品川区東五反田5−19−5。9時〜17時。年末年始休。美智子上皇后の実家である旧正田邸を整備し、公園化。

 数年前までは健康を維持するために散歩自体が目的でしたが、ただ歩くだけではつまらなくなり、今は未知の世界を彷徨うことが楽しくなって、なるべく知らない場所を迷いながら歩いています。それでも歩数は携帯に記録されるので、散歩から帰ると必ず確かめています。予想以上に歩いていることが多いのも、彷徨っているからかもしれません。

 都内の老舗ホテルには都心でも木々や水に触れ合える深山幽谷の世界が広がっていて、大事な場所だと思える庭園がいくつかありますし、一方で昭和の名残の商店街にも惹かれています。東京にはいくつも好きなエリアがあるのですが、白金から上大崎へと広がる“謎の住宅地”は、生まれ育った土地なのに見知らぬ感じがして、いくらでも歩けます。

 目黒通りを白金から目黒方向へ行き、園内もとても素晴らしい自然教育園を過ぎて、上大崎の交差点を左折。五反田方向に少し歩くとさらに左へと入る路地がいくつかあります。どこから入っても、そこは池田山です。そのあたりで〈ねむの木の庭〉、つまり〈旧正田邸〉を見つけられたら幸いです。そこから先は緩い高低差にめげずに歩き回ります。ある地点まで行くと崖を下りるような感じで五反田へと抜けます。方向感覚が狂えば長い散歩になるでしょう。

 小学生の頃、姉に正田邸を見に行こうと誘われて、よく歩き回ったエリアですが、以来足を踏み入れたことがなかったのです。東京は裏町の奥が異常に深いので、深入りすると迷子になるんです。それが、また面白い。駒込あたりも歩くのに好きなエリアで、高低差が激しくて興奮しますし、商店街も昔ながらでわくわくします。でも、この上大崎から五反田へと抜ける裏町には本当に住宅しかないのです。決してお薦めするつもりはないんですが、“迷うこと”や“家”が好きならいいかもしれません。家というものはすべて違う形ですから。

 それから神社仏閣が散歩の途中にあることも自分にとっては大事です。目黒通りから近い上大崎寄りには寺院がいっぱいあって、中でも隆崇院が自分の休憩所です。夜でも門が開いていてベンチがあり、灰皿が置いてあるので寛大な慈悲を感じます。

 そう、特に自粛期間中に歩くのは夜でした。20時を過ぎれば人がいなくなり、住宅地は真夜中のようです。家には人が生活していますが、外には誰もいません。あの期間中に人が歩いていない場所を嗅ぎ分けられるようになりました。それでも時々出会うのが人間だと思わず身構えてしまい、それが猫だと途端に心が和みます。そうやって歩きながら人を避ける社会の中で、寄り添うことの重要さを考えていました。暗がりの路地をあてもなく歩いて、そのうちに知っている道に出ます。ともかく元の場所に戻ることができなければ、散歩にはなりません。

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細野晴臣

●ミュージシャン
ほその・はるおみ/1947年東京都生まれ。2019年にデビュー50周年を迎え記念ドキュメンタリー映画『NO SMOKING』のために書き下ろした2曲をiTunesなどで配信中。

illustration/
Genta Inoue
text/
Toshiya Muraoka

本記事は雑誌BRUTUS919号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は919号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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東京の正解(2020.07.01発行)

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