エンターテインメント

「80年代」的美学を否定したレニクラの「90年代」。

西寺郷太のポップ警察〜名曲・珍曲・捜査録〜

No. 918(2020.06.15発行)
CURRY for Geeks 混ぜる、食べる、混ぜる
1993年の大ヒットアルバム。タイトル曲「自由への疾走」は日本のさまざまなCMで使用されている。近年は俳優業も。31歳の娘ゾーイも女優。

ヴァネッサ・パラディと恋仲でした。『自由への疾走/レニー・クラヴィッツ』

 半年ほど前から文藝春秋digitalで、『90's ナインティーズ』という半自伝的小説を執筆・連載しています。

 物語の主な舞台は、1995年。東京・下北沢のライブハウス〈CLUB Que〉。実際に出会ったサニーデイ・サービス、N.G.THREE、エレクトリック・グラス・バルーン、PEALOUT、Pre-School、WINO、PENPALSなどなど、先輩バンドや同年代の仲間たちとの想い出をフィクションを織り交ぜつつ綴っています。1995年はまさに「ブリット・ポップ」全盛期。ブラーとオアシスの確執などを音楽メディアが煽っていました。

 ただ、実際僕にとって最も「90年代の空気」を象徴していたアーティストは誰? と考えると、レニー・クラヴィッツかな、と。自分が17歳の時に体感した80年代から90年代へ急激な社会の変化、天皇崩御、天安門事件、ベルリンの壁崩壊などとともに、レニーが震源地の一人となって起こした文化的地殻変動には本当に驚いたので。

 80年代の終わり、1989年9月6日にデビューアルバム『レット・ラヴ・ルール』を引っ提げて、レニー・クラヴィッツは登場しました。当初は「黒いジョン・レノン」などとも称された彼の特徴は、デジタル化、コンピューターでの打ち込みリズムやシンセサイザー全盛の「80年代」的美学を真っ向から否定するヴィンテージ機材によるアナログ録音と、ドレッドのロングヘアに、ブーツにベルボトムといういでたち。92年に上京した僕も完全に彼の魅力にハマり、その翌春にリリースされたサードアルバム『自由への疾走』で完全ノックアウト。武道館でのライブも来日のたびに通いました。

 当時の鮮烈な想い出は、僕の目の前の席が藤井フミヤさんだったこと。そして終演後に規制退場で帰る時、全身EVISのデニムに身を包んだSMAP木村拓哉さんがたばこを吸われていたこと。ちょうどフミヤさんの「TRUE LOVE」が主題歌となり爆発的な人気を集めたテレビドラマ『あすなろ白書』に、木村さんが出演され、その後社会現象となる直前。

 レニーがプロデュースしたヴァネッサ・パラディも含め、当時の想い出がレニーと共にある方は多いのではないでしょうか。

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にしでら・ごうた

音楽家。自伝的小説『'90sナインティーズ』を文藝春秋digitalで連載中。Spotify公式で「GOTOWN Podcast」配信中!

文・題字/
西寺郷太
編集/
辛島いづみ

本記事は雑誌BRUTUS918号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は918号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.918
CURRY for Geeks 混ぜる、食べる、混ぜる(2020.06.15発行)

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