ライフスタイル

私が最初に知った感情は恐怖。初めて知った言葉はB29。|デヴィ・スカルノ(第一回/全五回)

TOKYO 80s

No. 918(2020.06.15発行)
CURRY for Geeks 混ぜる、食べる、混ぜる

生まれは西麻布、霞町です。戦争で福島県の浪江に疎開するまでは霞町にいました。敵機が飛んだ後には空を真っ赤にナイフで掻き切ったような線が残って、空襲警報が鳴ると防空頭巾をかぶって一目散に逃げていました。青山墓地の周りには横穴があって、防空壕になっていたんです。私が一番最初に知った感情は恐怖。初めて知った言葉はB29って書いてるくらいです。終戦は浪江で迎えましたが、その前に仙台が落ちたことを、大人たちがこの世の終わりのように話していて。日本はもう負けるんじゃないかと、肩を落としていたのをよく覚えていますね。戦争が終わり、東京へ戻ると上野駅に常磐線で着くわけですよ。今の上野駅からは想像もつかないと思いますけど、地下道には浮浪者や浮浪児がたくさん寝てまして。臭い、暗い、怖い。親子3人で走るように通るんですけど、誰かが私の袖を引っ張ったんですね。振り向いたら私より小さい子が何かちょうだいって手を出している。その時の経験から、もし自分が不幸だと思ったら、さらに不幸な人がいることを思い出せという教訓を得ました。私の家は貧しいかもしれないけれども、父と母がいる。この子にはいないのだからと。東京に戻った時は5歳でしたが、もうガキ大将でしたね。青山墓地が格好の遊び場。男の子を引き連れてターザンごっこをして、木から木に飛び移ったり。その時に作った傷がまだありますよ。あとは絵を描くのが大好きで、小学校の学芸会となると紙芝居の仕事は一手に引き受けてましたね。私の家の裏に近衛第三連隊があって、戦後はアメリカ兵の駐屯所に代わりました。車線の両側にはMPが立って、クリスマスになると黄色いジープでサンタクロースの格好をした人が来て、たくさんのチョコやガムを投げるんですよ、子供たちにね。英語に憧れて、満天の星を見ながら、私もいつか外国で、と思いながら英語を独学で学びました。敗戦のみじめさ、情けなさ。子供の頃から世の中の不公平、不誠実を知って社会正義を求める気持ちが人一倍強くって。学校のクラスでは不平不満の分子でした。先生は子供たちを平等に扱うべきなのに、お金持ちの子供に対しては忖度してましたから。学校の先生といえども子供を平等に扱わないんだなと思っていました。ただ家が貧しかったにもかかわらず、なんでだか私はお金持ちのお嬢さんに見られたみたいですけどね。(続く)

ライフスタイルカテゴリの記事をもっと読む

デヴィ・スカルノ

スカルノ元大統領夫人。著書に『選ばれる女におなりなさい』などがある。

PHOTO/
SHINGO WAKAGI
TEXT/
KUNICHI NOMURA
HAIR&MAKE/
MAKIKO GOTO
EDIT/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS918号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は918号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.918
CURRY for Geeks 混ぜる、食べる、混ぜる(2020.06.15発行)

関連記事