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幻となった日本初上演作『OUTSIDE』の舞台裏。

BRUTUSCOPE

No. 918(2020.06.15発行)
CURRY for Geeks 混ぜる、食べる、混ぜる
『OUTSIDE -レン・ハンの詩に基づく』早世の中国人写真家、レン・ハンが残した数々の詩に、キリル・セレブレンニコフが音楽とダンスを融合させた作品。2人のアーティストによる権力への抵抗が、詩的で鮮烈な美を生み出す。
『OUTSIDE -レン・ハンの詩に基づく』早世の中国人写真家、レン・ハンが残した数々の詩に、キリル・セレブレンニコフが音楽とダンスを融合させた作品。2人のアーティストによる権力への抵抗が、詩的で鮮烈な美を生み出す。
『OUTSIDE -レン・ハンの詩に基づく』早世の中国人写真家、レン・ハンが残した数々の詩に、キリル・セレブレンニコフが音楽とダンスを融合させた作品。2人のアーティストによる権力への抵抗が、詩的で鮮烈な美を生み出す。

 この春、全国の劇場では現代舞台を牽引する演出家の作品の日本初上演が多く予定されていた。中でも注目されたのがロシアの演出家、キリル・セレブレンニコフによる演劇作品『OUTSIDE - レン・ハンの詩に基づく』。5月に開催予定だった『ふじのくに⇄せかい演劇祭 2020』の見どころの一つとして楽しみな一作だったが、新型コロナウイルスの影響から残念ながら見送りに。幻となったその中身を、特別に少しだけ教えてもらった。

 演出家、そして映画監督として活躍するセレブレンニコフ。長編映画『The Student』(2016年)がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で上映され、フランソワ・シャレ・アワードを受賞するなど気鋭のクリエイターである一方で、国家予算横領疑惑でロシア政府により軟禁状態に。映画『Leto』が18年のカンヌ国際映画祭コンペ部門にノミネートされていながらも、同祭への参加がかなわなかったことでも話題となった。常にセンセーショナルなテーマを提示するセレブレンニコフが早世の中国人写真家レン・ハンを題材とした演劇作品『OUTSIDE』は、軟禁状態に置かれる自らの境遇と、レンが遺した数々の作品、短くも美しい彼の生とを重ね合わせて作り上げたもの。従来の道徳や全体主義に苦しみながらも、アイデンティティとセクシュアリティを自由に探求し、独自の表現を貫いた2人のアーティストが共鳴する作品となっている。

 生前のレンは、主に都市や自然を背景にヌードの男女が彫刻的に重なり合う写真を撮り、反抗的に自由を謳歌する中国の若者の優美さを称えた。一方で、詩人としても活躍。その詩は暗く、セックスと孤独、愛と死のにおいに満ちている。本作では、両方の側面からレンの世界観を再現するように、詩から生み出された音楽のもと、出演者がその写真を体現するかのごとく迫真のパフォーマンスを行う。すべての場面で俳優やダンサー、ミュージシャンのレベルの高さに驚くだろう。セレブレンニコフの作品の中でも特に赤裸々だといわれる本作は、まだフランス・アヴィニョン演劇祭とラトビア国立劇場以外では上演されていない。

 中国とロシアは文化規制が厳しい国として知られるが、日本においても『あいちトリエンナーレ2019』内の「表現の不自由展・その後」をめぐる諸問題はいまも解決に至っていない。表現の自由についての議論が高まっている今日に、本演劇祭を主催するSPAC(Shizuoka Performing Arts Center)が、本作の招聘に踏み切っただけでも意義深く思う。

 セレブレンニコフは、SPACがオンラインで開催した『くものうえ⇅せかい演劇祭』のトーク企画で、現在のパンデミックと照らし合わせながら本作についてこう語る。「自宅軟禁中に『OUTSIDE』の戯曲を書いていたときも、演出を考えていたときも、これは今後の自分の作品の面白いモデルになるという自負がありました。中国のアーティストを主題とした作品に、アメリカ人、中国人、ロシア人が参加し、音楽も中国語の詩あるいは英語の詩がもととなっている。まさに境界のない素晴らしい世界を作っている感覚がありました。今後新型コロナウイルスによって、様々な境界が増えていってしまうと思います。現在、国はそれぞれ閉ざされ、ウイルスが入り込まないように徹底しているけれど、そんな時代でも演劇では境界をなくせるのではないでしょうか」

 セレブレンニコフの思いとともに、その作品が改めて日本でお披露目される機会を楽しみに待ちたい。

キリル・セレブレンニコフの異端?エピソード。

1. 『正式な演劇教育を受けていない。』
大学で物理学を学んだのち、1992年より本格的に演劇の世界へ。ロシアで演出家として名を成すには演劇学校に通うのが定番だが、彼はデビューまで演劇に関する教育を受けていない。

2. 『ロシアの権力構造をグサリと風刺。』
ソ連時代の名作『ヌレエフ』をはじめとする古典戯曲を現代的に解釈。暗喩を用いた風刺的な演出は映画、そして演劇からオペラ、バレエ界でも話題をさらう。

3. 『タブーとされる宗教の問題にも鋭く斬り込む。』
映画「The Student」(2016年)では、思春期の少年が信仰心を暴走させた果てに、家庭や学校を破壊する悲劇を描いた。タブーとされる宗教問題を強烈に描き切るのも彼の持ち味だ。

4. 『「第七スタジオ事件」で国家予算横領の罪に問われる。』
2017年8月、自身の劇団〈第七スタジオ〉において国家予算を得たプロジェクトが実施されず、国家予算横領の罪に問われる。事実は定かではないが、約2年間の自宅軟禁が続いた。

5. 『自宅軟禁中、ひそかに映画「Leto」を完成させる。』
映画「Leto」の撮影は、2017年7月に始まるも、その翌月には自宅軟禁に。しかしオフラインのコンピューターを使い、裁判所の禁止令に違反することなく作品を仕上げた。

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『キリル・セレブレンニコフ』
1968年ソ連生まれ。演出家映画監督。世界的な映画祭や演劇祭の数々の賞にノミネートされている。2008年には「Yuri’s Day」でワルシャワ国際映画祭グランプリを受賞。

text/
Mami Hidaka

本記事は雑誌BRUTUS918号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は918号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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