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【特別対談:漫画家・椎名うみ×セクシー女優・戸田真琴】『青野くんに触りたいから死にたい』で語るべき「愛の本質」。

「マンガが好きで好きで好きでたまらない」BRUTUS.jp特別記事

No. 917(2020.06.01発行)
マンガが好きで好きで好きでたまらない

女子高生の刈谷優里は、隣のクラスの青野龍平に告白し、初めての彼氏ができた。しかし、付き合って2週間後、彼は交通事故で亡くなってしまう。ショックのあまり死のうとする優里の前に現れたのは、幽霊になった青野くんだった……!? 講談社『アフタヌーン』で連載中の『青野くんに触りたいから死にたい』(以下、『青野くん』)は、恋愛あり、友情あり、エロあり、ホラーありの、人間と幽霊による異色のラブストーリー。

触れようとしても、触れられない。幽霊と人間の二人は肉体ではつながれないものの、様々な受難を乗り越えることで、互いにとって替えの効かない存在となっていく。普通の高校生同士の恋愛とは違う、生と死の境を超越する愛が本作では描かれる。


今回のBRUTUS.jpオリジナル記事では、BRUTUS 917号『マンガが好きで好きで好きでたまらない』特集で同作品について語ったセクシー女優でエッセイストの戸田真琴さんと、漫画の作者である椎名うみ先生が本作で描かれる「愛の本質」について語り合う。

『青野くん』で表現しているのは“切り分けられない愛”。

雑誌発売後、その縁で新しい関係性が生まれることは珍しくない。この二人の関係性もまさにそれであった。椎名うみ先生が、BRUTUSの記事にTwitterで反応したことで、二人の交流が始まった。

椎名うみ
戸田さん、雑誌が発売された後にnoteのURLを送ってくれたよね?
戸田真琴
「椎名さんへ」とは書いていないんですけど、インタビューでは私の考えを全て話せなかったので、思いをまとめたnoteをTwitterのDMから夜中に送りつけました。……怖いですよね(笑)?
椎名
でもわたし怖い人好きなんですよね(笑)。わたしも怖いから。戸田さんは喋るより文章を書く方が得意な人ですよね? だから、戸田さんにとって、もっとも得意な方法で私をもてなしてくださってすごく嬉しかったです。noteをもらったとき泣いちゃいました。

戸田さんが雑誌発売の翌日に公開したnote「花束の中の針」には、BRUTUSでは語り足りなかったこと、戸田さん自身の生い立ちや、悩みから『青野くん』に惹かれているということが、赤裸々に長文で綴られていた。

椎名
あと、BRUTUSでは戸田さんが優里と青野くんのことを「お互いのことを踏みにじらない愛」って表現してくださっていて……。見当違いなことを言ってたら申し訳ないんですけど、それって戸田さん自身の生きていく上での願いですよね?
戸田
はい。よく「愛はエゴとエゴのぶつかりあいだ」と真実みたいに語る人もいるけど、「自分のエゴで相手をねじ曲げないのも愛だ」と私は思っていて。『青野くん』では、「相手を本当に大事にするってどういうことなんだろう」と探し続けていますよね。
椎名
「踏みにじらない愛」について命をかけて考えてる人に、そんな風に言ってもらえて本当に嬉しいです。

『青野くん』の中で優里は、青野くんと一緒にいられる幸せを感じながらも、関係性を続けることで、幽霊の青野くんを成仏させずに縛っているのではないかと思い悩む。幸せと悲しみが同居しながら、物語は展開していく。

戸田
そばにいたいと願うことだとか、そばにいるためにできることをする……それは身体的な意味だけでなく、精神的な意味でも。同じになれなくても、なるべく近くにいようと思うことが愛だと私は思っているし、それをしていくのが私の人生の願いで。
椎名
戸田さんは、人を愛したい人ですよね。戸田さんの著書を読ませてもらったのですが、「全ての人を愛するという願いを叶えることができないなら、自分も他人も殺してやる」くらいに思っている人だと感じました。
戸田
私は「本当の愛」以外には興味がないんです。誰かを“愛している”っていう感情には、恐怖とか悲しみ、幸福も付随すると思うんですよ。でも、みんなが大人になる過程で教わっていく、“教科書的な愛”では、“愛している“って感情や“嫉妬”や“切なさ”が、わかりやすく切り分けられていることも多くて。『青野くん』を読んでいると、恐怖と愛と悲しみと幸福と……全部が地続きで、切り分けられないまま描かれているじゃないですか。そんな風に愛が描かれている作品に出会えたことが嬉しい。
椎名
さっき、「切り分けられた」っておっしゃったじゃないですか。切り分けないってことは、つまり境界線をつくらないってことだと思うんです。私は、境界線を引きたくないんです。明確に境界線を引くって、何かを切り落とすってことだと思うから。そうすると、解像度が下がるので。それができてるよって戸田さんに言ってもらえたみたいで嬉しいです。
戸田
誰かが作ったものを見るときに、私にとって都合のいいように解釈してしまいたい気持ちと、都合よくねじ曲げて受け取らないようにしたい気持ちと両方あって。作者が何を描こうとしたのか、本当のところを知りたい欲望があります。誰かの心に上がり込みたいって気持ちに近いかもしれないんですけど。
椎名
戸田さんは、自分の価値観で歪めたくなくって、私が本当は何を描きたかったのか、余すことなく正確に知りたいんですね。
戸田
知りたいです。
椎名
ちょっと……気持ちいいです(笑)。私はマンガを読んでもらったときに、私が思っていないようなことを受け取っていただくのも嬉しいんです。それは私が投げたものに化学反応を起こしてその人のものになったということで、つまり、私がその人と出会ったということだから。けれど、戸田さんが「完全なわたし」を探してくださっているのも、苛烈だし、焼かれているみたいだなと思って、ドキドキします。戸田さんの炎に焼かれてみたいです。戸田さんに焼かれてみたいと思うっていうのは、わたしが戸田さんを好きってことですよね。

愛は、声色で、背中の角度で、発している空気。

姉の暴力と、それを無視する母……。物語が進むにつれ優里の家庭環境がいびつであり、青野くんの家庭にも複雑な事情があることが明かされる。二人が惹かれ合うのには理由があった━━。
戸田さんは「変な家で育って変な人間になっちゃったから こんなわたしだから一番大切にしたかった君を大切にできなかったのかもしれない」という優里のセリフに心打たれたと本誌で語った。心の底から「分かる」描写があるのだとか……。

戸田
『青野くん』は家族の描写がすごいんですよ。分かりやすい虐待とか暴言はないのに、圧迫されている感じが。私は家庭環境から、人の機嫌をうかがうようなクセがついてしまったので、すごく分かるというか。私みたいに家族のことを全然好きじゃない人がいても、現実的にはおかしくないと思うんです。それなのに、世の中には「家族だからわかりあえるよ」ということがまるでたったひとつの正しさであるかのように描かれている作品がたくさんあって。『青野くん』の藤本くん(青野くんの生前の友人であり、青野くんを成仏させる手伝いをする)がまさにそういうことを言うんですが。
『青野くんに触りたいから死にたい』5巻P159より。普通の家庭で育った藤本くんは、登場人物の中でもひときわ正しい存在だ。 ©︎椎名うみ/講談社

戸田
藤本くんみたいな存在は貴重だし、まぶしくて、明るくて、正しくて、藤本くんみたいになりたいとすら思うんですよ。でも、そんなに正しい人と一緒にいたら、私の場合は人生の大幅な欠損を隠しながら生きることになってしまう。誰と共にであれば完璧な愛を一瞬でも見ることができるのかは一人一人違っていて。大多数の人の理想をかき集めた「こういう人が素敵な恋人」っていう薄ぼんやりした最大公約数に当てはまる人ではなく、青野くんと優里ちゃんのように、自分にとってのただ一人かけがえのない人を見つけ出さなくちゃって思うんです。

人と人が惹かれ合う理由はそれぞれ。優里ちゃんと青野くんのように、欠けた何かを埋め合うように惹かれることもある。そんな愛の形を描く椎名先生自身にとって、愛の判断材料は“声色”なのだとか。

椎名
昔、すごく仲のいい友達に「愛は諦めて手放してあげることだと思う」って言われたことがあるんです。私はそれを聞いて、その子がそれをすごく悲しく思っているように感じました。本当は全然諦めたくないのに、諦めなくちゃいけなくて。だから、私はどうしたらいいんだろうと思って、どうしたらこの人を抱きしめられるんだろうって思いました。私は、どんなに苦しかったり悲しかったり自信がなくても、その子が「うみちゃん」と言ってくれるだけで、なにもかもが大丈夫になるときがあるんです。いや、名前を呼んでくれなくてもいいです。ちょっとした息遣いとか、相槌を打ってもらえただけで、なにもかもが大丈夫になるときがあるんです。それはその声色で、自分が愛されていることがはっきりと分かるからです。だからその子に「愛は声色だと思う」って言いました。
戸田
それ、分かる気がする。誰かを好きなとき、立っているときの背中の角度だとか、なんとなく発している空気で、好きな人の気持ちが分かることがあって。そういうすべての細かい情報から、目から涙が溢れていなくても悲しんでいることが分かるし、言葉にしなくても何があったのか分かってしまうときに、これが「愛だな」と思うんです。

いち早く土俵に立つために、出来る限り素直になろうと思った。

戸田さんの心を大きく揺さぶる『青野くん』。様々なものを抱える本作のキャラクターたちだが、そもそも、作者の椎名さんはキャラクターに自己を投影させているのだろうか。

椎名
私、あんまり頭の回転が早くないんですよ。だから、自分に起きてないことを想像するのが難しくって、物語の中でキャラクターを描くときに、自分の中にある感情の相似形までしか描けていないです。そのまま自分の感情を描いてるかというと必ずしもそうではないんですけど、「自分の感情がこういう風にあって、だとするとこの人の感情のここと相似形だな」みたいな感じで、そこを拡大したり縮小したりして描いています。
戸田
やっぱり! 椎名さんは絶対今おっしゃったみたいな形だろうなとは思っていました。ゼロから想像で作り出した感情は描かれていないなって。そうだとしたらこんな風には描けないと思うし。
椎名
嬉しい。ありがとう。
戸田
キャラクターの感情もそうですし、『青野くん』では、椎名さんの言葉を純度が高いまま出ていると思うんです。それは表現が足りないということではなくて、過不足がないって意味で。私自身は、「感情で動いている」と見られないためにか、誤解を恐れてなのか、過剰に説明を重ねてしまうタイプなんですね。だからこそ、「これ以上多くてもこれ以上少なくても違う」っていう表現ができるのは本当にすごいことだなって。
『青野くんに触りたいから死にたい』1巻P37より。戸田さんが青野くんに心奪われたというシーン。外で会話するときは、優里ちゃんが電話するふりをして「赤川くん」と呼んでいる。 ©︎椎名うみ/講談社

椎名
ありがとうございます。表現がシンプルってことだと思うんですけど、あらゆることに技術が足りないからなんですよ。絵もそうなんですけど、上手に説明する力とか、技術とか、センスがあまりなくて。だけど私はすぐに土俵に立ちたくて、そのために私にできることは何かなと考えたときに、自分にできる限り素直になることかなって。できる限り素直に、できる限り裸になったら、それは見る価値があると思ったんです。一番シンプルなもの、一番素直なものを描こうと思って、装飾をどんどんどんどん削っていっている。だから「純度が高い」って表現してくれたのはすごく嬉しいです。
戸田
これで完璧だって思って、いつも読んでいます。
椎名
私はマンガを描いて、人に出会って、「心の中に入らせてもらえたらな」というのが心からの願いなので、戸田さんがその私の願いを叶えてくれたことが本当に嬉しいです。
戸田
おっしゃっていることが分かる気がする。私が今の仕事をはじめたのは、「なるべく届きやすい場所にいたい」って気持ちと、「出会いたいから」だったんですよね。AVって一人で見るものなんですよ。もちろん一人でなく見る人もいるけど、そういう人のことを私は考えていなくて。ハッピーじゃない気持ちで見る人に出会いたかったんです。私は絵が描けるわけでも、当時は言葉で上手に表現できるわけでもなかったので、強烈なやり方で飛び出していってしまった。もしかしたらそれが誰かを傷つけることだとしても……。
椎名
戸田さんの苛烈なロマンチストさが好きです。

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しいな•うみ/神奈川県出身。2015年漫画誌『アフタヌーン』(講談社)で掲載された『ボインちゃん』でデビュー。翌年、同じく『アフタヌーン』で『青野くんに触りたいから死にたい』を連載スタート。最新7巻が2020年秋に発売予定。

とだ・まこと/セクシー女優、文筆家、映画監督。2016年にSODクリエイトから女優デビュー。19年に初のエッセイ『あなたの孤独は美しい』(竹書房)を上梓。最新刊『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』(KADOKAWA)が好評発売中。

Text/
Chihiro Kurimoto

本記事は雑誌BRUTUS917号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は917号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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