ファッション

【話題の書籍】村上春樹のTシャツコレクションが一冊に。

BRUTUSCOPE

No. 917(2020.06.01発行)
マンガが好きで好きで好きでたまらない

Tシャツにまつわるやりとりから綴る野村訓市の『村上T』評。

『カーサ ブルータス』で「音のいい部屋。」という特集を作ったとき、村上さんに初めて取材を受けていただいた。なにしろ専業作家としてキャリアをスタートするまではジャズ喫茶を経営し、ジャズを語らせれば泣く子もスウィングするほどだと聞いていたわけですから、とても興味があったわけです。「レコードのことであれば」、と奇跡の取材オーケーが出まして、ご自宅にお邪魔しました。唸ることしかできないコレクションに、ジャズ喫茶時代から愛用している古い機材、予定時間を大幅にオーバーするどころか、コーヒーにお菓子までいただいたのですが、そこである一つの確信が生まれました。そのレコードへの愛情とコレクトぶり、欲しいものをほぼコンプリートとしてしまった後でも、ジャケ買いのテーマを決め、予算も決め、求道者とも呼べる掘りっぷりに、村上さんは“レコードだけでは満足できないはずだ、何かほかにも同じように集めているに違いない”、と。

 その勘が当たり、無茶ぶりを快く引き受けていただいた結果が、私物のTシャツコレクションを紹介する『ポパイ』での連載、「村上T」。そうです、村上さんは数えたこともないくらい膨大な量のTシャツをコレクションしていたのです。しかも一枚2ドルぐらいまでとか自分なりのルールを設け、スリフトショップやハワイのグッドウィルなどで、安くて趣味に合うものを足を運びながら、一枚ずつ選んで買ってきている。そんなTシャツたちを自らジャンル分けし、村上さんが筆を執る豪華なエッセイ形式の連載は1年半にわたって続きました。掲載されたTシャツとの出会いや、それを着て出かけたときのエピソード。まるでTシャツのようなリラックスした、エッセイとTシャツの写真をまとめ、さらには連載でこぼれ落ちたTシャツまでをも網羅したのがこの一冊『村上T』。世界中で文豪と呼ばれ熱狂的なファンを持つ作家が作る、世界初のTシャツ本ではないでしょうか(ガゼッタ・デロ・スポルト紙調べ)。様々なジャンルのTシャツたちがまとめられていますが、そこからは村上さんの思想的なものが浮かび上がります。アメリカンカルチャーへの深い思い入れや音楽への愛情。ジャズだけじゃなく、村上さんの音楽的守備範囲はイチローよりも広いのです。ビーチ・ボーイズ好きは知っていましたが、ブルース・スプリングスティーン、R.E.M.、ラモーンズまでとは。大好きだというお酒の話も満載で、村上さんの晩酌から昼間のビールの飲み方まで違った一面を感じることができます。そこから、ものを集めるとはどういうことか? お金で買い漁っていいものなのか? 集まったものに意味はあるのか? をきっと考えることになると思います。コレクションとはすごくパーソナルなもの、そしてそれはゲームなのだから自分なりのルールを持つという村上さんの考えは正しいですし、何より楽しそうに語れることが素晴らしいことです。やれこれはレアだ、高いとかいう話が一切ないコレクションです。

 Tシャツはコミュニケーションのツールになるか? というのがインタビューでの大きな議題だったのですが、この本を手伝った僕が断言します、そうですと。そもそもこれだけ話ができたのもTシャツのおかげなのですから。それにしてもついつい関係ないことまで色々聞いてしまいましたが、嫌な顔せず一つ一つを丁寧に、そして時にユーモアを交えて解説してくれた村上さん。〈プロント〉に入ってジムビームのハイボールをジョッキで飲む姿というのは想像だにしませんでした。とにかく目立ちたくないということですんで、「あっ、村上春樹がTシャツでハイボールを飲んでる!」となっても、そっとしておいてください。そしてもちろん、スリフトショップやハワイの古着屋でも。とにもかくにも一冊の本として、『村上T』は村上さんの作品のファンの方にも、そして1年365日Tシャツを着る、全国2000万人?のTシャツファンにも胸を張ってお薦めできる一冊です。ビール片手にぜひ!

『村上T 僕の愛したTシャツたち』

村上春樹の段ボール箱に積み上がった膨大なTシャツから18編のエッセイと108枚にも及ぶTシャツコレクション。そして野村訓市によるインタビューをまとめた夏の決定版。村上春樹著。戎康友撮影。マガジンハウス/1,800円。

ファッションカテゴリの記事をもっと読む
photo/
Yasutomo Ebisu
text/
Kunichi Nomura

本記事は雑誌BRUTUS917号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は917号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.917
マンガが好きで好きで好きでたまらない(2020.06.01発行)

関連記事