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【話題の音楽】好きな女に「いい曲だよ」とソウルのレコードをプレゼントした男。志村けん

BRUTUSCOPE

No. 916(2020.05.15発行)
クラシック音楽をはじめよう。

稀代の喜劇人として生き抜いた志村けんと、彼が愛したブラック・ミュージックの話。

 志村けんがソウル・ミュージックの愛好者、という話は、いわば基礎知識なんだけれど、つい都市伝説みたいな口調で語ってしまうもののひとつ。

 志村がザ・ドリフターズの正式メンバーとして『8時だョ全員集合』に登場したのは1974年の3月。はじめてドリフのレコードに参加したのはそこから2年後、76年3月発売のシングル「ドリフのバイのバイのバイ」。およそヒップとは言えない素材(ここでは大正時代の俗謡)を現代風にアップデイト、というつくりは荒井注の在籍時から続いているドリフの伝統。幾度も挿入される”ドゥ・ザ・ハッスル”の掛け声と、ジェイムズ・ブラウンばりのいかりや長介のシャウトが鬼気迫る。テレビで歌唱するときは、いかりやに張り合って志村がシャウトで盛り立てた。

 この76年、志村けんは「東村山音頭」で大ブレイクを果たす。4丁目=新民謡の原曲、3丁目=マイナー調の歌謡曲に続いて、1丁目でソウルフルに”イッチョメ、イッチョメ、ワォー”と決める。なんとなくジョー・テックス「アイ・ガッチャ」の歌いだしを彷彿とさせる。

 志村が加藤茶と燕尾服姿でヒゲをつけて踊る「ヒゲのテーマ」(80年2月)。印象的なベースラインはテディ・ペンダーグラス、79年の「ドゥ・ミー」から引用された。アルバム『テディ』をレコード屋でジャケ買いして、この曲を知った、と志村が語った……と千鳥の大悟がバラエティ番組『にけつッ』で話していた。

 同じ80年の12月に発売された「ドリフの早口ことば」のこれまた印象的なリフはウィルソン・ピケット、73年の「ドント・ノック・マイ・ラヴ」からの引用。志村の歌唱パートはチップマンクス調にピッチの高い声に加工されて、曲そのもののノヴェルティ感を高めている。

 このうち、「ヒゲのテーマ」の「ドゥ・ミー」と、「早口ことば」の「ドント・ノック・マイ・ラヴ」を山下達郎は自身がDJ、選曲をつとめるFM番組『サンデー・ソングブック』で2週続けてオンエアした。前者が志村の入院時に向けたエールとして、後者が訃報を受けての追悼として、という経緯はこれからも記憶し続けることだろう。山下による「文化人、知識人としての生き方を選ばず、いちコメディアンとしての人生を全うされた」(大意)という発言は優れた志村けん論であるのと同時にアーティストと呼ばれることを嫌う山下達郎そのものを語る言葉のように響いた。

 ドリフターズのレコード以外に、ソウル好きの志村けんが記録されたものに、シンコーミュージックが79年に刊行をはじめた月刊音楽誌『Jam』がある。洋楽を中心に扱うグラビア・ページの多い雑誌のアルバム・レビューのページで、志村は毎月レコード評を執筆していた、80年9月号に掲載されたマンハッタンズ『マンハッタン・ミッドナイト』を抜き出すと、「そのまろやかに流れるハーモニーは、まさにブランデーであり、男と女であり、都会の夜空を飛ぶロマンチックなスーパーマンである」なんてスウィートな言葉を寄せている。この号には志村本人へのインタビュー記事も載っている。そこでは、ドリフの付き人を一時辞めてバイトしていたスナックのジューク・ボックスに入っていたオーティス・レディングの「セキュリティ」が妙に思い出に残っている、と語っている。ドリフに入って2年目くらいにソウルが好きでレコード買って聴いてるうちにまわりのメンバーもハマりだし、バンドでも演奏しようとしたけど、すぐ飽きられちゃった、という証言もある。「アップ・テンポの曲でも、妙に寂しいでしょ。寂しさが好きなんでしょうね。シャウトすればよけいに悲しくなってくるでしょ」の一言には、志村けんのソウル感が込められている。あと、この『Jam』誌の別号のレビューではプリンス『愛のペガサス』を絶賛している。

 志村けんが亡くなる数日前に放映されたバラエティ番組『あいつ今何してる?』。35年前に結婚まで考えたものの別れてしまった歌手、大滝裕子について志村と大滝がそれぞれ思い出を語るという内容だった。その中で、当時、志村が大滝にハイ・グロス、81年の「ユール・ネヴァー・ノウ」を「いい曲だよ」とプレゼントした、というエピソードが紹介されていた。この話を聴きながら、ソウル好きの志村けん、という言葉が理屈を越えて、つるんと胸に入ってくるような気がした。ああ、俺も志村好みの女に生まれて、「いい曲だよ」とソウルのレコードを薦められてみたかった。

志村けんがコントに引用し、そして愛した名盤あれこれ。

『ドント・ノック・マイ・ラヴ』ウィルソン・ピケット
ダイアナ・ロスとマーヴィン・ゲイもノリノリでカヴァー。「生麦生米生卵」と歌わずにはいられない。輸入盤。

『テディ』テディ・ペンダーグラス
フィラデルフィア・ソウルを代表する色男。ジャケ買いも納得。「ドゥ・ミー」はギャンブル&ハフの作。輸入盤。

『ユール・ネヴァー・ノウ』ハイ・グロス
ディスコブーム時に活動したレコーディンググループ。ルーサー・ヴァンドロスも在籍。ブラコンです。輸入盤。

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志村けん

しむら・けん/1950年東京都生まれ。コメディアン。ザ・ドリフターズに加入後、『8時だョ全員集合』で人気者に。「バカ殿様」「変なおじさん」などのキャラクターも愛された。2020年3月死去。享年70。

文・安田謙一

やすだ・けんいち/1962年生まれ。ロック漫筆家。ドリフは加藤茶世代。荒井注に代わる新メンバーは、ブルース・リーの真似をするすわ親治に違いないと思っていた。年を取るごとに志村けんが好きになる。寂しい。

illustration/
Masakatsu Shimoda
text/
Kenichi Yasuda
edit/
Izumi Karashima

本記事は雑誌BRUTUS916号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は916号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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