エンターテインメント

映画でクラシック音楽がかかるとグッときます。

 

No. 916(2020.05.15発行)
クラシック音楽をはじめよう。

無声映画の時代から映画音楽として使われてきたクラシック。壮大な演奏で場面を盛り上げるだけでなく、時に人物の感情表現の役割をも担ってきた。心に強く残る名シーン、いや名作にはクラシックが欠かせないのだ。そんなクラシックが巧妙に使われている映画を、自作でたびたびクラシックを使う園子温監督に紹介してもらった。

 僕が自作にクラシックをよく使うのは、小さい頃から実家でベートーヴェンやヴィヴァルディのレコードを、ポップスやロックと同じような感覚で聴いてきたというのが大きい。単純に好きなんです。だから、仮の音楽をつけながら編集するときも、ついついクラシックに手が伸びるんです。それに多くのクラシックは劇中で流すと、壮大な雰囲気が醸し出されて、シーンのスケール感を倍増させる効果もある。ロックにもその手の曲はありますが、僕が使いたい外国の楽曲は権利料が高すぎて手が届きませんからね(笑)。

 クラシックの使い方がとりわけうまいと思うのは、スタンリー・キューブリック。シーンと音楽をセットで記憶させてしまう作品を数多く作っていますから。例えば、『2001年宇宙の旅』のゆっくりと日が昇るオープニングに重なり、何かとんでもないことの始まりを予感させる「ツァラトゥストラはかく語りき」(シュトラウス作曲)は、シーンの持つ厳かなイメージやテンポと、音楽のそれのハマり具合が見事。『時計じかけのオレンジ』の「第九」(ベートーヴェン作曲)や『アイズ・ワイド・シャット』の「ワルツ第2番」(ショスタコーヴィチ作曲)もそう。キューブリックに関してはあまりに有名すぎる例なので、今回は彼以外の監督の作品で、印象深くクラシックを使っているものを挙げます。

『未来惑星ザルドス』ジョン・ブアマン/1974年 ⬅︎ ベートーヴェン「交響曲第7番イ長調 作品92第2楽章アレグレット」

『誰も超えられないベートーヴェンの使用法。』
2293年の地球を舞台にしたSF作品。空に浮かぶ石像ザルドスが登場するクライマックスのシーンで使用されるのはベートーヴェンが苦難の中で書き上げた7番目の交響曲。「深刻であり、壮大であり、エロくもある旋律で、映画の世界観にとても合っている選曲。この曲を聴くと自動的に、浮遊する石像が思い浮かびます」と監督。「本作以降、多くの映画で使われていますが、いまだにこの使い方を超えるものは現れてない」。ちなみに、園監督も『愛のむきだし』で使用している。

『13回の新月のある年に』ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー/1978年 ⬅︎ マーラー「交響曲第5番嬰ハ短調第4楽章アダージェット」

『ラブソングが描写する主人公の悲壮感。』
園監督が「音楽の使い方で大いに影響を受けた」と語るファスビンダー監督作。冒頭に流れるのは、マーラーが妻に捧げたラブソングといわれる「アダージェット」。「主人公が道端で殴られる場面ですが、彼の悲壮感をよく表現していて秀逸。マーラーは一番好きな作曲家で、辛い青春時代によく聴いていた」。同曲は『ベニスに死す』で流れることでも有名だが、監督は嫌いらしい。こちらは美少年の虜となった老作曲家の恍惚が表現されており、『13回〜』と印象が異なる。

『レイジング・ブル』マーティン・スコセッシ/1980年 ⬅︎ ピエトロ・マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲」

『乾いた映像と感傷的な音楽の組み合わせの妙技。』
「ピエトロ・マスカーニのオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲』は、このシーンのために作られたといえるくらいマッチしていた。ボクシングの乾いた映像と、センチメンタルな音楽の対象的な組み合わせが見事」と園監督が絶賛するのは、実在したプロボクサー、ジェイク・ラモッタの生涯を描いた『レイジング・ブル』のオープニング。同オペラはシチリアの田舎で展開される愛憎劇であり、映画の主人公(イタリア系の父を持つ)が幼少期に聴いていたという設定。

『その男、凶暴につき』北野武/1989年 ⬅︎ エリック・サティ「グノシエンヌ第1番」

『軽妙なアレンジによるアイロニーの表現。』
北野武監督デビュー作の冒頭に使われるサティの「グノシエンヌ第1番」について、「久米大作のアレンジの勝利」と園監督。「ワルツっぽくしている。そうすることで、この映画が持つ狂気の滑稽さというか、アイロニカルな部分をうまく表現している。もし原曲のまま使っていたら、主人公の孤独を代弁しすぎちゃって、えらく感傷的になっていたと思う」。サティは「グノシエンヌ」と題された曲を6曲書いており、それぞれ趣向が異なる。第1番はギリシャ旋法と前打音が特徴。

『セブン』デヴィッド・フィンチャー/1995年 ⬅︎ バッハ「G線上のアリア」

『バッハのイメージを体現したロケーション。』
バッハの「管弦楽組曲第3番ニ長調」を、バイオリニストのアウグスト・ウィルヘルミがバイオリンとピアノ演奏用に編曲した「G線上のアリア」。このあまりにも有名な曲を使ったのが、七つの大罪をモチーフにした猟奇殺人事件をめぐる本作で、一人の刑事が図書館を訪れるシーン。「緑色のランプが灯る古めかしい図書館の建築も七つの大罪という物語のテーマも、バッハのイメージに合うからハマっている。もし、モダンな図書館だったらちぐはぐだったと思う」と園監督。

『エレファント』ガス・ヴァン・サント/2003年 ⬅︎ ベートーヴェン「ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 作品27-2『月光』」

『言葉にできない不安を代弁する音楽。』
高校生が学内で起こした銃乱射事件に基づく本作では、犯人たちが「月光」をピアノで奏でる。「演奏がへたくそな部分も含めて、この曲が犯人たちの言葉にできない不安や揺らぐ気持ちをうまく表現している。また、学校というドライな空間に、湿っぽい『月光』がよく映えるんですよ」と園監督。ちなみに、「月光」という題名はベートーヴェンがつけたものではなく、詩人レルシュタープが「スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」と譬えたことが由来らしい。

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園 子温 ●映画監督
その・しおん/1961年愛知県生まれ。84年の短編デビュー作『LOVE SONG』からクラシックを使用。クラシックを使った主な作品に『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『恋の罪』『ヒミズ』など。

『愛なき森で叫べ : Deep Cut』
実際にあった猟奇殺人事件に着想を得たNetflixオリジナル映画『愛なき森で叫べ』のドラマシリーズ。「映画版とは全く違うものになっています」と園監督。Netflixで独占配信中。

illustration/
Yoshimi Hatori
photo/
Shinsaku Yasujima
text/
Keisuke Kagiwada

本記事は雑誌BRUTUS916号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は916号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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クラシック音楽をはじめよう。(2020.05.15発行)

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