エンターテインメント

“世界のトップランナー”と“音楽の都の保守本流”。

世界一のオーケストラはどこですか?

No. 916(2020.05.15発行)
クラシック音楽をはじめよう。
【Berliner Philharmoniker/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団】新首席指揮者、キリル・ペトレンコがマーラーの第6交響曲を指揮。©Stephan Rabold
【Wiener Philharmoniker/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団】正月の伝統行事、ニューイヤーコンサートでの、変わらない風景。@Terry Linke

オーケストラ二大巨頭といえば、ベルリン・フィルとウィーン・フィル。“正しいクラシック音楽”のお手本だ。世にあまたあるオーケストラの音色から、この2つの存在を際立たせるものとは? ベルリンの日本人コンサートマスター、ウィーン初の女性コンサートマスター、両者と共演したスターピアニストの証言から紐解く。

 1882年創立のベルリン・フィルは、ソロでも活躍できるレベルの音楽家がメンバー、コンサートマスター、指揮者まで、既存楽員の投票によって決められるという民主主義、実力主義の組織。その基盤を固めたのは歴代の首席指揮者たちだ。「帝王」と呼ばれたヘルベルト・フォン・カラヤンは、冷戦時代にベルリン・フィルを西ドイツの富の象徴に押し上げ、最先端技術による録音を推進して世界的名声を築いた。続くイタリア人のクラウディオ・アバドは就任前に若い世代のためのオーケストラをヨーロッパ各地に組織。就任後には自ら育てた若手を次々に採用し、まったく新しいグローバル・オーケストラへと変身させた。今やメンバーの国籍が20超の多国籍ヴィルトゥオーゾ(名人)集団、ドイツらしい重厚な音を守りつつ、進化を続けるオーケストラの象徴的存在だ。

 一方、1842年創立のウィーン・フィルは反対に「まったく変わらない音」を最大の武器とする。ウィーン国立歌劇場で連日連夜、オペラやバレエの上演を担う管弦楽団のメンバー約300人中、在籍期間3年以上の精鋭から相互オーディションで選ばれたメンバーで構成。常任指揮者を置かずに自主運営する。ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナー、マーラーら数多くの作曲家が活躍した「音楽の都」、ウィーンに脈々と受け継がれる表現や音色(音の“ウィーン訛り”)を今も守り、世界に伝える「保守本流」の存在感は圧倒的だ。

【Berliner Philharmoniker/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団】Maestro

敏腕メンバーと首席指揮者により進化する。

メンバーは、世界各地でソロや室内楽でも活動し、その音楽体験をオーケストラに還元するので、総和のパワーは絶えずアップしています。指揮者との関係では、アバドは温かく包み込むタイプ。私たちも「この人のために」と演奏し、独自のインスピレーションが放たれ、この世のものと思えない音楽が生まれました。ラトルの良さは、全員の音楽性を細かなところまで把握する力。メンバーの配置からどんな音楽になるかを的確に読み、最大限のエネルギーを器用に引き出しました。新しいシェフのペトレンコは完璧主義者。時間をかけて作り上げ、さらに瞬間瞬間の閃きを生かして最高の音楽を目指す人です。恐ろしいほどの努力と天才が合わさっており、毎回大きな感動を覚えます。

樫本大進 ●第1コンサートマスター かしもと・だいしん/1979年ロンドン生まれ。ニューヨークやドイツなどで学び、1996年にウィーンのクライスラー、パリのロン=ティボー両国際コンクールで優勝。2009年から現職。

【Maestro】歴代首席指揮者・芸術監督

昨年8月に就任したばかり、現役のキリル・ペトレンコは、シベリア生まれ。18歳でオーストリアに移住した。

本拠地〈ベルリン・フィルハーモニー〉はハンス・シャロウン設計。2,440席。 ©Stephan Rabold, ©Sebastian Hänel ©Monika Rittershaus ©Oliver Helbig ©Claudio Abbado / Cordula Groth ©Unitel ©Herbert Schindler

【Wiener Philharmoniker/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団】

オペラやバレエで培った伝統と今日の橋渡しを。

ウィーン・フィルは自主運営なので、オーケストラの演奏水準を維持する責任は、メンバーの一人一人が負います。弦楽器から木管楽器、金管楽器……繊細で柔軟、温かくニュアンスに富む伝統のサウンドを、全員で全身全霊を尽くし最優先で追求する。それがオペラやバレエで培い、世界のどのオーケストラと比べても際立つ、私たちの特色です。同時に、受け継がれてきた伝統と、“今日的な要求”をする指揮者の間のバランスをとり、一致点を見出す“橋渡し”の役割も担います。ウィーン・フィルは昨年〈オーケストラ・アカデミー〉を新設、メンバーの世代交代や多国籍化がいかに進もうとも、伝統の音を守り抜く姿勢を一段と鮮明にしたところです。

アルベナ・ダナイローヴァ ●コンサートマスター ブルガリア・ソフィア生まれ。1995年にドイツへ移住。ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場、ロンドン・フィルを経て2011年ウィーン・フィル史上初の女性コンサートマスターに就任。

【Opera】ウィーン・フィルの管弦楽とともに上演するザルツブルク音楽祭のオペラ

モーツァルト『魔笛』(リディア・シュタイアー演出、2018年)

本拠地ムジークフェライン(楽友協会)ホールはテオフィール・ハンセン設計。1,744席。 ©Terry Linke ©Julia Wesely ©Salzburger Festspiele / Ruth Walz ©Frantz Gruber

【interview】ピアニスト、ラン・ランが語る、 ベルリン・フィルとウィーン・フィル。

©Suntory Hall

 4月18日の新型コロナウィルス対策支援コンサート『One World: Together at Home』でセリーヌ・ディオン、アンドレア・ボチェッリ、レディー・ガガ、ジョン・レジェンドとともに大トリを務め、話題のラン・ラン。ベルリン・フィル、ウィーン・フィルとの共演歴は20年にも及ぶ。3月半ば、上海の自宅に戻ったタイミングで、2つのオーケストラについて語った。

「私とベルリン・フィルの共演は、前首席指揮者・芸術監督のサイモン・ラトルと現役のキリル・ペトレンコの2人です。ベルリン・フィルのメンバーは、コンサートマスターの樫本大進やオーボエのアルブレヒト・マイヤー、フルートのエマニュエル・パユら、全員が素晴らしい音楽家ですね。ラトルは彼らを20年にわたって束ね、よりインターナショナルな響きのアンサンブルに脱皮させたと思います。

 一方、ウィーン・フィルではズービン・メータ、ニコラウス・アーノンクール、ワレリー・ゲルギエフ、クリストフ・エッシェンバッハ……。実に多彩なマエストロたちとご一緒しました。ウィーン・フィルは伝統を重んじ、守っているので、20年前と今と、音の印象は基本的に変わりません。

 興味深いのは、ウィーン・フィルと20世紀のアメリカが生んだ偉大な音楽家、レナード・バーンスタインとの関係です。彼は最大のライバルだったカラヤンの君臨したベルリン・フィルでは1度指揮しただけでしたが、ウィーン・フィルとは何度も共演し、ベートーヴェンやマーラーの素晴らしい録音を遺しました。保守的なウィーン・フィルとブロードウェイミュージカルも作曲して新しいアイデアいっぱいのバーンスタインの出会いは今考えても奇跡のよう。

 ウィーンの特別な響きについてもう一つ言えば、私がアーノンクールの指揮でモーツァルトの協奏曲を録音できたのも貴重な体験です。

 昨年バーデン・バーデンで共演したベルリン・フィルの新しいシェフ(首席指揮者)、キリル・ペトレンコは、誰とも違う特別な存在。彼独自の世界に住んでいます。演奏時間30分のベートーヴェンの『協奏曲第2番』の打ち合わせに3時間かけ、楽譜の隅々にすべての知識と音楽を注ぎ込んだんです。21世紀の途上にこういう明確な意思を持った指揮者が現れ、ベルリン・フィルの今後は非常に面白くなりそうです」

ヴェルザー=メスト指揮のウィーン・フィルと共演。2018年11月20日、サントリーホール。©Suntory Hall

ラン・ラン ●ピアニスト 1982年中国・瀋陽生まれ。95年に仙台市で開かれた第2回『若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール』で優勝。2010年、ベルリン・フィルのレジデント・ピアニストに最年少で選出。昨年3月『ピアノ・ブック』(ドイツ・グラモフォン/3,200円)発売。

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text/
Takuo Ikeda
coordination/
Yumiko Urae

本記事は雑誌BRUTUS916号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は916号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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クラシック音楽をはじめよう。(2020.05.15発行)

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