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なぜ、京都には物語の熱が満ちているのか。

BRUTUSCOPE

No. 915(2020.05.01発行)
HOME SWEET HOME 居住空間学2020

在住の作家いしいしんじが、始動した京都文学賞を語る。

『源氏物語』『古都』『金閣寺』『高瀬舟』……。舞台にした名作を挙げれば、枚挙に暇がない。いっそ、京都発の文学賞を作れないか。期せずして湧き上がった市や新聞社などの思いが結実し、京都文学賞が創設された。募集したのは、京都を題材にした未発表小説。締め切りまで半年足らずにもかかわらず、応募作はなんと500を超えた

「“京都でこんなの始めましたけど、どうですか?”と言って、こんなに手が挙がる。その反応の良さにまず、驚いて。京都という土地の持つ、物語血筋の濃さを改めて感じました」

 選考委員を務めた作家のいしいしんじさんは言う。

「物語の“物”は、物思いや物悲しいという時に使う“物”と同じ。神話や民話、伝記とは違う。どうしようもない思い、定めのようなものを人から人に語るのが、物語です。京都は、世界最古の長編小説ともいわれる『源氏物語』が生まれた町。1000年以上も前からそうした物語が作られてきたんですから、濃いですよね、物語の空気が」

 そして、その熱を圧倒的に感じさせたのが最優秀賞受賞作『もう森へは行かない』だった。

「舞台は、京都じゃなくても成立すると思ったんです。でも、語らずにはいられないという、物語の熱は、京都でしかあり得ないと思った。だから、僕はもうこの作品しかない、と」

 実は、織田作之助賞、三田文学新人賞の選考委員も務めており、同時期に3つの文学賞の応募作を読んだそうだが、
「京都文学賞は、受賞作に限らず、どの作品も作為がなく、すごく素直。読んでいて快適な作品が多かった。いま、韓国の現代文学が流行っていますが、それに通じるところを感じました」

 ちなみに、いしいさん自身も、大阪、京都、東京、神奈川、長野を経て、10年ほど前から京都に暮らし、この町を舞台にした作品も書いている。

「京都の町はね、“どうや、これで書けるか?”って、いろんなもん、引っ張ってきて見せてくれている。僕に限らず、京都在住の作家は、そのサインを捉えられているんだと思います」

記念すべき1回目の一般部門受賞作!

【最優秀賞】『もう森へは行かない』 松下隆一

疫病が蔓延する平安の京で、悪事を繰り返していた男の物語。「ギリギリのところで生きる主人公の姿は、最後、まぶしいほどでした」(いしいさん)。出版決定。

【優秀賞】『太秦ーー恋がたき』 藤田芳康

映画に夢中だった祖父と連れ添った祖母の姿を、現代に生きる孫が辿る。「現在と回想場面では言葉の彩度が違い、時間と光の芸術という感じがした」(いしいさん)

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いしいしんじ

作家。京の隣、琵琶湖を舞台にした『チェロ湖』(新潮)連載中。代表作に『麦ふみクーツェ』『ぶらんこ乗り』など。京都を舞台にした好きな小説は、谷崎潤一郎作品。

photo/
Kunihiro Fukumori
text/
Yuko Saito

本記事は雑誌BRUTUS915号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は915号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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