「キャリアって、自分にとっては邪魔でしかないんです」。そうあっさり言い切るのは、俳優の若葉竜也。大衆演劇の家に生まれ、初舞台は1歳3ヵ月の頃。以来、舞台に映画にと役者として30年もの経験を積み重ねてきた若葉が、なぜキャリアを否定するのか。その根底にあるのは、演じることへの違和感だという。
「セリフを覚えて、“用意、スタート!”で一生懸命演技をする。それに対して、昔から何やってるんだろう、みたいな羞恥心があるんですよね。でも、その感覚は持ち続けたいと思っていて。例えば裸になったりパンツ一丁になったりするシーンがあるとして、プロの役者なら恥ずかしがるなって言われますけど、それはエゴだと思うんです。僕はそれをずっと素直に恥ずかしいと思っていたい。そうでないと芝居ってどんどん作り物になってしまうと思うから」
演じることに対してピュアであり続ける。そのために、前もって役を作り込むことはせず、「周りのセリフに対して本当に驚いたり、喜んだりしたい」と、あえて自分のセリフは浅めに覚えておくという。
だからこそ、その演技はどこまでも自然体。下北沢の日常と、主人公と4人の女性の出会いを描いた新作映画『街の上で』では、主人公の荒川青を演じた。
「青をキャラクター化しないことを意識しました。人物像を決めればわかりやすいんだけど、本当は人ってそんなにシンプルじゃない。言語化できない微妙な感情もあるし、接する人によって表情もコロコロ変わる。青はこうだからこういうことはしない、と決めつけず生身の人間として捉えたいなと。観た人が自分の世界と作品を地続きに感じて、下北沢には本当にこの人がいるのかもと錯覚してくれたらいいですね」
「映画は観るのも好き」と話す若葉。最後に、彼が事あるごとにたびたび観返すという大切な作品を教えてくれた。
「田口トモロヲ監督の『アイデン&ティティ』が大好きです。主人公が“本物のロック”を模索して突き進んでいく物語で、10代の頃は大人に歯向かう主人公に共感したけれど、今観ると、勢いでぶつかる主人公に対して“バンドだって社会なんだ”とたしなめる言葉に共感する。良い映画って、年とともに見え方が変わるんですよね。何度も観て、そのたびに新しい発見があるような、そんな誰かの大切な一作になるような映画に参加できたらいいなと思います」
『街の上で』
監督:今泉力哉/脚本:今泉力哉、大橋裕之/出演:若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚/変容する“文化の街”下北沢を舞台に、古着屋で働く荒川青と、女性たちとの交流を描いた物語。オール下北沢ロケを敢行。近日公開。
- photo/
- Norio Kidera
- styling/
- Tomohiko Sawazaki
- hair&make/
- Fujiu Jimi
- text/
- Emi Fukushima
本記事は雑誌BRUTUS915号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は915号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。