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都市の家に、洞窟のような安心感と悦楽を。|【北嶺町の家/竣工1971年】室伏次郎

建築家の自邸。

No. 915(2020.05.01発行)
HOME SWEET HOME 居住空間学2020
建築家・室伏次郎が建てた自邸は、40㎡弱のハコを4階分重ねた都市型住宅。写真は2階。南向きの分厚いコンクリート壁に四角い穴を開け、「薄暗い洞窟の中から、光の差す場所を眺めるような」空間をつくった。

50年にわたる家族の歴史がちりばめられています。

東京都大田区の4階建てをアトリエ+2世帯の住居としている。1階はアトリエ。玄関を入った廊下には愛用のハットと、シェーカー教徒の椅子やアイリーン・グレイの小テーブル。

2階の室伏夫妻世帯と3階の子世帯(写真)では、洞窟のような居住スペースを覆うコンクリート壁を四角く切り取り、その外側にガラス壁を持つ「光のハコ」を設けている。

アトリエで。竣工から10年経った1980年代は、この階を息子3人の部屋にしていた。「彼らのミニカーを飾ってます。みんな壊れてて、まっとうなものはないけどね」と室伏さん。

2階。カラフルな抽象画は坂倉新平の作、その下はドイツの作家、トーマス・バイルレの「city-face」。左下は魚介や植物を使ってオブジェを創作&撮影する写真家、今道子。

建物の南西角に設けた半屋外の階段。1階から屋上階までの各階をつなぐ。素材は建築工事の仮設足場材。壁状のスクリーンや手すりなど至るところにジャスミンを茂らせている。

2階。「極小ワンルームに椅子が15脚も」と室伏さん。手前は自作。高さ10mの建物を4層に分けたため、各階とも天井が低い。それに合わせて椅子も座面高40㎝未満と低め。

2階。左は室伏さんが設計した〈インマヌエル船橋キリスト教会〉のための一人掛け椅子。右は木の繊維を柔らかくして成形し直したというもの。「変な椅子だなあと思って買った」

サンルームのような「光のハコ」。コンクリート壁の1m外側にもう一枚ガラスの壁を造り、居室を二重の壁で囲った。曲木椅子はトーネット社。ル・コルビュジエのデザイン。

窓辺にはタイのクッション。「60年代、タイで学校をつくる仕事に関わって、素朴な材料や工法でも居心地のいい空間ができることを体得した。この家も大きな影響を受けています」

2階のコンパクトなキッチン。2階は一時期、賃貸にしていたため、2013年、妻の久子さんに合わせて改修した。久子さんが祖母から譲り受けた北欧のホウロウ鍋などが並ぶ。

座面が藁編みの椅子はシャルロット・ペリアンの作。1930年代末、室伏さんの師でもある坂倉準三の案内で日本のもの作りを見て回った後、その技術に触発されて作られた。

3~4階は室伏さんの三男、暢人さんと妻の真紀さんの世帯。2・15mという天井の低さを緩和すべく空間の半分を吹き抜けに。4階子供室にいるのは双子の宥さん(右)と曜さん。

機能上の「解」ではなく、切実な「快」を求めた。

「20代の頃から、中世のロマネスク教会に憧れていた。人の力で石を積んでつくられた教会は、規模も空間のスケールも穏やかで、あの温かさや安心感が都市の家には必要だと感じていたんです」

 建築家の室伏次郎さんによる自邸〈北嶺町の家〉は、1971年に竣工した都市型住宅である。室伏さんの師は日本を代表するモダニズム建築の実践者、坂倉準三。そのアトリエから独立して1年後に発表したデビュー作だ。東京都大田区に22坪の小さな土地を見つけ、叔父夫妻との2世帯住宅として建てたコンクリートの家は、「設計を始めた1969年にはまだ容積率の法規制限がなかったので、高さ10mの建物にむりくり4階分を押し込んだ。だから各階の天井高は、手を伸ばせば届きそうなほど低い2・15m前後。ローコストを極めた極小住宅です」。

 最初は1、2階が叔父世帯、3、4階が室伏さんの住まいだったが、やがて室伏家が4フロア全部を使ったり、2階を賃貸にして若い建築家に貸したり。その時々で設えを変え、現在は1階がアトリエで3、4階が息子世帯。2階に室伏夫妻が暮らしている。

断熱を兼ねて緑化した屋上庭園。コンクリートスラブの上に人工土壌を10㎝盛って芝を植えた。周囲を囲むのは16本のオリーブの木。

北西外観。家族が行き来するグレーチングの半屋外階段以外に、道路から2階、3階へ直接上がれる外階段も設置されている。

「家は人生の歴史的時間の容れ物。僕でいえば結婚して子供たちが生まれ育ち、巣立った子もいれば、新しい家族と戻ってきた子もいる。そのすべてを受け入れてくれる容れ物なんです。実はこの50年間、躯体は一切変えてない。それでも快適に住み続けられたのは、機能で設計せず、何が起きても対応できる強固で原型的なハコにしておいたからだと思います。僕たち建築家は本来、狭さや不都合の解決策を考え、機能的で整合性のとれた解答を形にする解決屋。でも、こと自宅に関しては、“解”よりも、シンプルでゆるぎない“場”であることを優先したかった」

 そう話す室伏さんがつくったのは、剥き出しのコンクリート壁によるシェルターみたいなハコ。肌合いをつるんと仕上げた現代のコンクリートとは違い、粗っぽくゴツゴツした質感が露わになっている。だからなのだろう、その分厚い壁にぐるりと囲まれた居室は、まるで洞窟のよう。南の壁の真ん中が大きく切り取られていて、「普通はこの開口部にサッシが入るでしょう? でも、コンクリート壁の存在をピュアに示したくて、サッシを入れず壁の断面をそのまま見せることにした。これ、20世紀アメリカの建築家ルイス・カーンがよくやった手法なのですが、非常にカッコいいんですよ」。その代わり開口部の外側には、ガラスの壁を持つ「光のハコ」を取り付けた。居室にいると、コンクリート壁と光の壁、二重の壁に囲まれているようでホッとする。薄暗い日陰にこもりながら、窓の外の明るい日なたを眺めているような、得もいわれぬ心地よさ。

【北嶺町の家】竣工1971年。所在地/東京都大田区。規模/地上4階。構造/壁式鉄筋コンクリート造。敷地面積/71.92㎡。建築面積/48.50㎡。延床面積/17 7.00㎡。

「おそらく僕は、真正、つまりホンモノの壁を欲していたんですね。70年代は都市の概念が生まれ、革新的な建造物が建ち、人も世の中もめまぐるしく変化していた時代。だからこそ、安心できる個の居場所を持ちたかった。ただ、柱と梁でつくる日本の家だと室内外の境界が曖昧で、個の空間ではなく“みんな仲良し”な空間になる。都市に住むなら自他を強く意識させる壁が必要。偏見かもしれないけど、そう思ったんです」

 なるほど、室伏さんが切実に求めたのは、壁がつくる個の心地よさと、守られているような安心感。天井の低さも安心感に一役買っているのかもしれないし、住まい手の個性を映す家具や調度もしかり。室伏さんは「雑多なものがごちゃごちゃ並んでるだけで、コーディネートされてはいないよね」と笑うけれど、インテリアコーディネートなんて言葉が軽く吹き飛んでしまうほどに心地いい。
「好きなものに囲まれているのだから快適なのは当然。でも、この家の真の居心地のよさは、光の量と壁の量の関係性が生み出しているものだろうと思います。コルビュジエ風に言うなら、悦楽のある空間。建築に快楽を、空間に悦楽を。それがこの家のすべてです」

4階、暢人さん世帯の子供室。薄暗い空間にうっすら光が差し込んで、小屋裏のような心地よさ。三角屋根形の柱は構造補強の役割を担う。

3階、子世帯。4階とは正面のハシゴや半屋外階段で行き来。天井の半分をコンクリート、半分を吹き抜けにして可動式の木パネルを入れた。

壁を真っ白く塗った1階のアトリエ。斜めになっている仕切り壁は、1981年頃、室伏さんの息子3人の部屋を確保するためにつくったもの。

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むろふし・じろう
1940年東京生まれ。坂倉準三建築研究所を経て71年に独立。75年アルテック建築研究所を阿部勤と共同設立。84年スタジオアルテック設立。神奈川大学名誉教授。作品に〈インマヌエル船橋キリスト教会〉他。https://www.studio-artec.net/

photo/
Norio Kidera
illustration/
Kenji Oguro
text/
Masae Wako

本記事は雑誌BRUTUS915号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は915号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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