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新劇からアングラへ行く人なんて、いませんでしたよ。| 吉行和子(第三回/全四回)

TOKYO 80s

No. 912(2020.03.16発行)
WORK WEAR 働く服は美しい

 お客さんの前で演技をしたことがなかったのに、あれが若さなんでしょうね。劇団で一番偉い方がおじさん役で出ていて、私がその人をからかうシーンがあったんです。普段は目も見られないぐらい苦手なのに、舞台では平気でできちゃう。それに一番びっくりしました。「へー、芝居って面白いな」って。主役の彼女が1週間ほどで治ったので私はお役御免だと思っていたら、「2人で交互に続けなさい」。そこから突然始まっちゃったんです。『アンネの日記』は評判になって2年間続きました。それであんまりわからないまま、こんなに年をとっちゃった(笑)。民藝には33歳まで15年いました。お給料はずっと2万円。日活映画にも出てましたけど、お金は全部劇団に納めて、みんなで等分してもらっていたんです。映画の現場に行くと綺麗な洋服を着てらっしゃいと言われましたけど、そんな余裕は全然なくて。それなのに突然アングラに目覚めてしまいました。当時、寺山修司さんの天井棧敷、花園神社には唐十郎さんの紅テントが建って。新劇にいる私たちには信じられない出来事でした。芝居って、そういうふうに変わっちゃったのかと。浅利(慶太)さんが日生劇場を作った時は、新劇の先輩たちは「スポンサーがいるところで芝居をやるの?」と、非常に憮然としていました。自分たちが食うもんも食わずに一生懸命やってきた演劇を、と。「ああいうもんは観ちゃいけない」と言われました(笑)。そしたら、どんどん変わっていきましたでしょ。喫茶店の上でやっている早稲田小劇場の芝居とかを観たらすごく惹かれたんです。地下で吉田日出子さんや串田和美さんの芝居を観たら、吉田さんの足の裏まで見えたのね、私が座っているところから。それで、「うわ 私たちの演劇とはまるで違うことが起きている」と。それがすごい印象に残っていて。そしたら突然、早稲田小劇場の鈴木忠志さんから、唐さんの『少女仮面』という戯曲を一緒にやりませんかと手紙が来たんです。本を読んで、すごく興奮しました。それまで自分が知らなかった言葉がいっぱい書いてあって、やりたいと思っちゃった。新劇からアングラへ行く人なんてまずいませんでしたよ。私が早稲田小劇場に出る時は、新聞の芸能欄じゃなくて社会面に記事が載るくらい問題になったんです。そういうこともあんまり考えてなかったんですけどね、私は。(続く)

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吉行和子

1935年生まれ。女優。映画『雪子さんの足音』では、ある老嬢の愛のかたちを妙演。

PHOTO/
SHINGO WAKAGI
TEXT/
KUNICHI NOMURA
HAIR&MAKE/
JUNKO SHIMIZU
EDIT/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS912号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は912号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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WORK WEAR 働く服は美しい(2020.03.16発行)

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