エンターテインメント

読むのも書くのも面白い“日記本”の勧め。

BRUTUSCOPE

No. 912(2020.03.16発行)
WORK WEAR 働く服は美しい
内沼晋太郎(左) 阿久津 隆(右)

内沼晋太郎さん、なぜ日記本の専門店なんですか?

内沼晋太郎
以前から、興味のある本のジャンルの一つに日記がありました。そのきっかけとなったのが『カミュの手帖』。高校生の時に『異邦人』を読んだんですが、それを書くまでの気持ちやプロセスが克明に記されている。彼が何を考えて生きたのか、作家の人間味を感じられる日記が本で読めるなんて、という単純な驚きがありました。完成された作品よりむしろ、真実はこっちに書いてあるんじゃないかと思って。その時の自分にとって、ものすごい秘密が隠れている本という気がしたんです。
阿久津隆
『異邦人』の書き出しも、ほとんどそのまま書いてありますよね。偉大な小説家も僕らと同じように暮らしていたんだとわかるのも、日記本の嬉しいところ。憧れの作家がこんなに朝早くに起きていたなんて、とか思いもしなかった発見があります。
内沼
まさか、酔っ払ったり、後悔したり、反省したりするんだ、とかね。カミュも、人の作品を読んで嫉妬したりしているんですよね。阿久津さんが読書日記を始めたきっかけは何ですか?
阿久津
文章を書くのが好きで、ストレスなく書き続けていくためのフォーマットが欲しかったんです。感想や批評をいろいろ書かないと意味を成さないエッセイや書評と違って、日記は日付さえあれば成立する。面白かった一節を抜き出して「最高」と一言書くだけでも許される。どれだけたくさん書いても、どこで止めてもいい、これ以上ない自由さがありました。それこそ、何を読んだか、何を食べたか、それだけでもいいんですよね。
内沼
それだけで、泣けたりしますよね。武田百合子さんの『富士日記』も「大根」とだけ書いてあったりして、あぁ、大根か……と(笑)。
阿久津
ホントに。細川亜衣さんの『食記帖』も、一日の出来事が何も書かれていなくても、その日の食事を書くことが暮らしの足跡を作っていくことになっているということに目から鱗の一冊でした。僕も本当はこのくらい簡潔な日記を書こうと思って始めたんですけど、どんどん長くなってしまって……。
内沼
確かに、始めたばかりの頃は簡潔でしたよね。一方、僕も個人的な日記を書いていますが、多く書けた日の方が、豊かな気になります。当然、書いていない日のことは思い出せないし、読者としての自分にとっても、よりたくさんのことが書いてある日の方が面白いんです。
阿久津
日記の意義の一つは日々生きてきた痕跡、その日を思い出せる何かを残すこと。だから文字に限定せず、写真や映像であってもいい。いろんな形があるといいですよね。毎日定点で決まったものを撮るとか、買い物に行ったレシートを残すのも日記だと思います。映画監督の三宅唱さんの『無言日記』も日常のシーンを動画で撮ってつないだだけのものですが、なんてことのない一瞬一瞬がかけがえなく思えてカッコいい。フォーマットだけでなく読み方も自由で、自分の誕生日の日だけ読んでもいいし、初めからでなく飛ばせるのも良さですね。
内沼
今回オープンする〈日記屋 月日〉は、日記の本を扱う専門店ですが、日記っていいよねと、いろいろあるし書くのも読むのも面白いよ、ということを発信していくための拠点としてのイメージが強いんです。いま多くの人が数字を追い求めたりと、自分の未来のスペックを高めるために生き急いでいる気がしますが、一日を思い出して噛み締めて生きていかないとツラいと思うんですよね。毎日同じような暮らしに見えて、よく思い出してみると日々いろんなことがあって、昨日とは全く違うことを感じている。日記を書くことで、自分の人生も意外と豊かだなと感じられると思うんです。
阿久津
世の中、役立つテーマについてわかりやすく要約したテキストがマスであるなか、日記には役に立たないことがたくさん書いてある。でもそれが日記のいいところだと思います。日本一、役に立たない本屋になりますね(笑)。
内沼
読み物としても、最も面倒な読書ですよね。でもそこには、例えばカミュが短い一作を書くまでに、こんなに膨大な人間らしい日々があったと知るような、かけがえのなさがある。お店に足を運んでもらったら、日記本というものがたくさん存在することにも驚くと思います。

2人の日記本入門。

『カミュの手帖 1935−1959』

内沼さんの日記本原体験。無名時代の日記は公開を前提にしておらず、読んだ本の引用、目標とすべき作家の名前も克明に書かれている。アルベール・カミュ著、大久保敏彦訳。新潮社/品切れ。

『メカスの映画日記』

映画への熱い思いがわかる日記本。阿久津さんが大学時代に手にして、自由に好きな部分を読んでいいんだという気楽な読書を発見した。ジョナス・メカス著、飯村昭子訳。フィルムアート社/3,200円。

『食記帖』

東京から熊本へ嫁いだ料理家の著者による食日記。今日食べたもの、作ったもの、土地の食材、調味料などが記される。レシピが細かく書かれている日も。細川亜衣著。リトルモア/1,600円。

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日記屋 月日

日記にまつわる本や文具を扱う専門書店。ワークショップなども計画中。コーヒーやビールの販売も。4月1日、下北沢駅から世田谷代田駅の間の元線路スペースに誕生する複合商業施設〈BONUS TRACK〉内にオープン。同じエリアに〈本の読める店 fuzkue〉の新店、移転後の〈本屋B&B〉、ほか飲食店などが並ぶ。●東京都世田谷区代田2−36−15。7時〜22時。無休。http://tsukihi.jp/

内沼晋太郎

うちぬま・しんたろう/1980年生まれ。ブック・コーディネーター。NUMABOOKS代表、〈日記屋 月日〉店主。書店と出版社を経営しながら、本を通して人との出会いを作る仕事をしている。著書に『これからの本屋読本』など。

阿久津 隆

あくつ・たかし/1985年生まれ。2014年より渋谷・初台の〈本の読める店 fuzkue〉店主。〈日記屋 月日〉と同じ〈BONUS TRACK〉内に下北沢店が新オープン。2冊目の著書『読書の日記 本づくり スープとパン 重力の虹』が発売。

photo/
Kaori Oouchi
text/
Asuka Ochi

本記事は雑誌BRUTUS912号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は912号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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