【我々は、驚きたかった。】映画と料理が好きな国を取りあげないわけにはいかない。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 911(2020.03.02発行)
大阪の正解
舌鼓をうっていると、激辛に当たることも。

カリカリのコプチャン焼きにあおられる食欲。

 韓国と日本の関係。前から微妙だとは思っていたが、どんどんお互いボタンをかけ違えているような昨今、アカデミーで4冠を制した『パラサイト』が当たっている。けっこう質の高い韓国映画でも、最近日本ではパッとしない傾向だったが、本気でおもしろいものにはちゃんと日本人も飛びつくことがわかって嬉しい。なにしろ私は韓国映画と韓国料理が大好きなのである。映画と料理が好きな国を嫌いになれるわけがない。それでも長らくここで韓国料理を取り上げなかったのは、私が韓国に行き過ぎているからだ。ソウルに4回、釜山に2回。小説やマンガをハングル訳で出版していただいたり、招かれてもいないのに勝手に釜山映画祭にもぐりこんだことすらある。そもそも現地でさんざうまいものを食ってきているからなあと思うのだが、世界一周というからには取り上げないわけにはいかない。

 韓国料理といえば新大久保なのであるが、ホルモン焼きで有名な「ワンシンリ」は、歌舞伎町と新大久保の中間あたりか。それでも、歌舞伎町の永遠に続くかと思うようなラブホテル街を抜けてすぐ、もう、そのへんは、モヤモヤと韓国の夜っぽさを醸し出しており、「ワンシンリ」の店構えもまた、いつかソウルの町外れで見たような、怪しげでじゃっかん毒々しいネオンで自らを艶かしく照らしているのだった。

 店主は畑中洋子さんとおっしゃって、一瞬カナダからの手紙が後ろから前から来るような雰囲気もあるのだが、れっきとしたソウルの生まれ。それでも、「日本に来てから全羅道の人たちとの付き合いが長く、口が、全羅道になった」という。全羅道ってなんですかと聞くと、「地名です。光州のほう、ビピンパとかの発祥したところ。全羅道の料理はおいしいです」とのこと。

 まずは、最近ずっと中国を旅行していたアーバンママ、ミャンマーあたりをウロウロしていた社長と、コロナウィルスのおそろしさの話などしつつ、やかんからつぐマッコリをちびちび。次の日に人間ドックを入れていたのであまり飲めないのがつらい。韓国人は食事しながら酒を盛大に飲む。なら自分でもそうしたいのに、自分のバカ。つまみは、韓国の大根で作った水キムチ。これが、いきなりうまい。ちょっと酸っぱく、そして、さっぱりしていて、飲むたび口中がさわやかになる。

 ホルモン焼きが出てくるまでのつなぎは、トドックイというツルニンジンの根を炒めたものなのだが、これがほんとに未知の味。畑中さんによれば、「昔牛肉が高くて食べられないときに代用で食べた」のだそう。そう言われれば、繊維の噛みごたえが肉っぽい。甘くて少し苦くて、独特の食べ物だ。これだよ。これなんだよなあ。社長と「やっぱり外国の料理にはいちいち驚きたいんですよね」と、うなずきあったものだった。

 で、我々の席の隣でジュウジュウとうまそうな音を立てながら店員のお姉さんにカリッカリに炒められ、あつあつの平たい鍋に乗ったホルモン焼きの登場である。脂は鍋の端から茶碗一杯分ほどしとどに落とされていたのだが、それでも、マルチョウとギアラとコプチャン3種のホルモンは、良質の脂でしっかりしていてジューシー。表面の焦げ感と合わさって、口中に独特な世界を作り上げる。良質、に根拠はないが、うまい脂が悪質なわけがない。

 ここいらでママがチャミスルを頼む。私も「チャミスル、ジュセヨ」と行きたいところだが、さすがに「自制ヨ」である。ああ、なんで人間ドックなんて入れたんだとまた悔やむ。で、次に出たのは牡蠣のチヂミ。これが、大粒で、香りが濃く、味が深くてめちゃくちゃうまかった。牡蠣は断然生牡蠣派なのだが、これは、ぜひ、また食べたい。あまり牡蠣のチヂミを出している店はないそうなので、貴重な体験である。

 いつもならこのあたりで皆グロッキーなのだが、どれも好みな感じの辛味が効いているせいか、食欲が落ちない。なのでナッゴプセという韓国春雨とシーフードの鍋、と、タラ鍋を立て続けにいただく。どちらも真っ赤だ。もはや、テーブル上は赤の広場である。韓国春雨はグニグニ感が口中でおもしろく、タラ鍋はタラの頭が丸ごとどーんと入っており、とにかくアジア的ワイルドさに圧倒される。しかし、こんなにどれもうまくて大丈夫かこの店。聞くと、土日は韓国人の客でパンパンだそうだ。最後にいただいた牛すじポン酢に入っていた青唐辛子をうっかり食べてしまい、1年ぶりぐらいに辛さで金縛りみたいになり、昔、ソウルの町外れでポンビキに騙され、ヤクザに金を巻き上げられて、ほとんど一文無しで帰国した思い出が蘇ったが、それも、水キムチを飲めば、すぐにうっすら和らいでいくのでまたケンチャナヨである。

 韓国料理にはどうしても激しさを求めてしまう。そういう意味では、ほんとに当たりの店でした。帰り道、明日の人間ドックの前にこんな激しいもの食べて数値大丈夫かなと思ったが、とりあえず、当日、胃カメラを飲んだら「キレイな胃ですね」と言われ、去年胃をアニサキスにパラサイトされていた私は、一応一安心はしたのだった。

メイン料理の前に出てくる突き出し(パンチャン)も手間暇をかけたこだわりの味。週に2回漬けるという手作りのキムチや、冬場は酸味のすっきりした水キムチのサービスが出ることも。

トドックイ

ワンシンリに来たら絶対に食べてほしい、栄養価の高さで知られるツルニンジン(トドックイ)の炒め物。ほろ苦い味わいと繊維のシャキシャキした食感が癖になる。1,380円。

国産のコプチャン(小腸)、丸腸(小腸を裏返したもの)、ギアラの盛り合わせは
必食。冷凍していないからこそのフレッシュな旨味と脂の甘さがじゅわっと口いっぱいに広がる。1,980円。

牡蠣のチヂミ

チヂミにもこだわりがある。大粒で食べ応えのある牡蠣に一つずつ粉を付けて焼き上げたチヂミは食べ心地が軽くてサクサクいける。見た目も宮廷料理のように美しい。1,580円。

ナッゴプセ

コプチャン、タコ、エビを自家製タテギで煮込んだ釜山名物は現地よりおいしいといわれることも。締めはぜひ焼き飯に。日本で食べられるのはここだけ! 1,280円。

たら鍋

タラ1匹を豪快にぶつ切りにして頭も一緒に煮込んだ冬場にぴったりの鍋。自家製のタテギ(コチュジャンベースのタレ)が味をびしっと決めている。骨の髄までしゃぶりたい。2,980円。

ドガニポン酢

ドガニとは韓国語で牛すじの意味。軟らかくなるまで煮込んだ牛すじに青唐辛子やネギをトッピングしてポン酢で食べるワンシンリオリジナル料理。青唐辛子は激辛なので注意。1,080円。

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ワンシンリ
新宿

新宿・新大久保から徒歩5分。本場を超える最高の韓国式ホルモンをぜひ味わって。店名はソウルにある「往十里」という地名からとったもの。●東京都新宿区歌舞伎町2−31−7☎03・3232・5153。11時〜24時。年末年始休(要確認)。

MEMO
ママの畑中洋子さんが結婚をきっかけにソウルから日本に来て約40年。日本で出会った「韓国の食の宝庫」として知られる全羅道出身の食いしん坊な友人たちにも影響され、ホルモン焼きやナッゴプセなど「ここでしか食べられない料理」を提供したいと、2017年6月にワンシンリをオープンした。こだわりの料理はもちろん、明るく優しい洋子ママの気遣いも魅力の一つ。ママに会いたくて通っているファンが多いのもうなずける。

SUZUKI MATSUO

1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。ウーマンリブvol.14『もうがまんできない』に出演。東京公演4月2日〜5月3日。映画化の『108』ほか著書多数。メルマガ「松尾スズキの、のっぴきならない日常」配信中。https://www.mag2.com/m/0001333630.html

文・絵/
松尾スズキ
Coordinated by /
坂本雅司

本記事は雑誌BRUTUS911号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は911号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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大阪の正解(2020.03.02発行)

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